プロヒ→兼業前提 プロヒ×ordr
個性事故おにしょた

おにしょたの方へ贈ったやつ

 しんと静まり返った執務室。道路側全面に設置された窓から夜の六本木の街明かりが差し込み、電気をつけなくても十分に過ごすことが出来た。

「二人とも直接は触れてねぇ」

 勝己は濡れた髪を首にかけたタオルで乱雑に拭きながら、右手に構えたスマートフォンへと話す。事務所は既に定時を過ぎており、所長である勝己と来客者しか残っていない。

『全く触れていないということですか?確保はどうしましたか?』
「俺は威嚇射撃しかしてねーし、確保はデクの鞭でやった」
『鞭ですか』
 
 ソファにかけていたジャージのズボンへと足を入れる。普段よりも聞き取りの細かい公安調査官に苛立ち、勝己は執務室を半裸のままウロウロと歩き回った。デスクの引き出しからワイヤレスイヤホンを取り出し、耳に差し込む。電話は自動的にハンズフリー通話へと切り替わり、勝己はスマートフォンをデスクの上に放った。タオルを両手に持ってワシワシと髪をかく。

『その鞭の素材は?』
「素材だぁ?」

 踏み込んだ質問に勝己は思わず閉口してしまう。応えろと言われれば簡単な説明こそ出来るものの、何故そんな話が必要なのか。報告としてはあまりにも細かい。
 勝己が黙っている間にも公安は五月雨式に質問事項を投げかけてくる。素材については把握していないと踏んだのか、スキップされたようだ。

『デクは今そこに居ますか?』
「シャワー浴びとる」

 執務室に備え付けられた扉の向こうで微かに水の音が聞こえる。勝己のシャワーの後すぐに入ったから、そろそろ出てくるころだろうか。
 勝己は視線を脱衣所の扉から窓の外に移して、六本木の夜景を眺めた。そろそろ深夜に差し掛かる時刻だというのに、普段通り眩しいほどに明るく、車の往来も多い。行き交う人々の頭が流れるように過ぎて行く。

『様子は見れますか』
「はぁ?」

 勝己は再び脱衣所に繋がる扉を振り返る。特に変化もなく、相変わらずシャワーの水音が続いている。「覗けってか」と電話口に話しながら、勝己はじっとその音に耳を澄ませる。

『はい、出来れば』
「…………」

 シャワー室の扉から、さらに脱衣所の扉を越えて聞こえてくる水音は微かなものだった。それでも、その音が一切の途切れなく聞こえ続けていることに、勝己は小さな違和感を持つ。頭を洗ったり身体を洗ったりするのであれば、少なくともその物音が聞こえるはずであった。が、今は一切のそれがなく音は続いている。

『大・爆・殺・神ダイナマイト』
「待て」

 勝己は扉に近づき、そっと耳を澄ませる。シャワーの音が変わらないことを確かめると、ゆっくりとスライドドアに手をかけ、横に滑らせた。
 何を緊張することがあるのか。何故忍び足で侵入するような動きになっているのかも理解し難い。下心は無いと自分に言い聞かせながら、礼儀正しく畳まれた出久のビジネススーツをじっと見つめる。

『大丈夫ですか』
「ちょ……黙ってくれ」
『はぁ』

 洗濯機の上に置かれた出久のスーツから、床へと視線を移す。うつむいたままゆっくりと、床をなぞるようにシャワー室の方へと視線をじりじりと進めていき、すりガラスで出来た開き戸の足元をじっと見つめた。
 水音は変わらず続いているが、中が動いている様子は無い。

「……デク?」

 黒い塊がじっと固まっている。足元から視線を上げて、本来身体があるべき部分に何もないことが分かり、勝己は慌てて扉を開いた。

「出久!」

 扉の向こうではシャワーが流れ続けており、足元に転がるそれを濡らし続けている。勝己はその場にしゃがみ込み、揺らして声を荒げた。
 覆いかぶさったことで勝己の後頭部に温水がかかる。勝己はシャワーのノブを回し、流れ続ける水を止めた。勝己のかいた冷や汗をひきつれて、お湯が塊に落ちる。
 塊の表面を覆う分厚く硬い生地はシャワーの水を吸い、ぐっしょりと重たい。勝己の耳元で公安の慌てる声が聞こえる。

「…………ぅ、」
「いずく、」

 勝己は塊―――気を失った出久を膝の上へと抱き上げて、顔にかかる髪を払った。額から流れる水を指で拭うと、眉間に皺を寄せた出久がゆっくりと目を開く。

「ぁ……?」
「…………、」

 萌葱色の瞳がぼんやりと勝己を見上げる。意識が朦朧としているのか、ふわふわと視線を彷徨わせるあどけない様子を見て、勝己は「は」と小さく声を上げた。その小さな疑問符を受け取った電話口が『どうしましたか』と耳元で騒ぐ。

「どうなっとんだ」
『デクに何かあったんですね』

 勝己の胸元にくたりと身体を預ける出久は、勝己を見つめ返してじっとしている。頬に傷がなく、今よりもずっと丸みのある顔。《あれでも老けてたんか》と現実逃避に近い思考をしながら、勝己はずっしりと濡れて重たくなった学ランごと出久を抱きあげた。

「……かっちゃん?」
「…………おー」

 声変わりのしていない高い声がシャワー室に反響する。勝己をずっと捉えてきた過去に薄れていた音が足され、記憶は鮮やかさを増していった。この声に何度歪んだことか。
 意識のハッキリとしてきた出久を立たせる。水を吸った学ランからびちゃびちゃと水を落としながら、出久は勝己の胸元ほどの小さな背丈で勝己を見上げ、首を傾げる。

「…………えぇ?」
『ダイナマイト、聞こえますか』
「聞こえとる、何だこれ」

 勝己はこちらを食い入るように見つめてくる出久の視線に気まずさを感じながら、電話口へと助けを求める。
 水の滴る音が気になり濡れた学ランを脱がすために詰襟のホックへと手を伸ばすと、驚いた出久がびくりと身体をのけ反らせてシャワー室の中を一歩後退し、壁に頭をぶつけて「ぎゃ」と声を上げた。この時期の自分の行いを振り返れば当然の反応だ。勝己は苦い顔をして、伸ばした手を下げる。

『デクから少し離れられますか』
「……風邪引くから、それ脱いどけ」
「え、あ……はい」
  
 出久は大人しく勝己に従い、詰襟のホックを自分で外し、ボタンに指をかける。勝己はその様子を尻目にシャワー室を出て、扉を閉めた。洗い上がりのタオルを一つ取り、濡れた自分の身体を拭きながら脱衣所の外へと出る。

「いいぞ」
『はい……正確には把握しきれておりませんが、過去の自分との入れ替わり……または退行の個性かと思われます』
「何歳だあいつ」
『人によって様々でして……ダイナマイトなら同級生ですしお分かりになりませんか?』
「……中一」
『十二・三といったところですね、承知いたしました。……入れ替わりの場合、過去改変の危険性がございますので、くれぐれも情報管理にはお気をつけください』
「分かった」
『個性の有効期間も不明な状態でして、必要であればこちらで解除まで隔離が可能です。いかがいたしますか』

 スライドドアの擦れる音が微かに聞こえ、勝己は背後を振り向く。シャツ一枚でこちらをそっと覗き込む出久が見えたので、勝己は慌ててクローゼットから自分のTシャツとスウェットを取り、傍へと駆け寄って押し付けた。驚いた出久が服を受け取りながら不安そうに勝己を見上げるので「着ろ」とだけ伝える。

「いい、こっちで預かる」
『そうですか……ではお願いいたします』

 服を抱えた出久は何か言いたげに勝己を見ているが、勝己はしっしと手を払って出久を脱衣所の中へと返す。幼い出久が不安で堪らないといった顔で勝己に縋るような視線を向けているのに、施設に押し込むようなことは出来なかった。
 公安との通話を終わらせ、イヤホンを片付ける。ケースをワイヤレス充電スタンドへと乗せ、テーブルの上からスマートホンを拾い上げた。デクの明日の仕事は公安が取り仕切ってなんとかするだろうが、念のため相澤へと連絡を入れる。
 
「あの、かっ……か、かつきさん」
「かっちゃんでいーわ」
「か、かっちゃん」
「何だ」

 出久は恐る恐るといった様子で勝己に声をかけながら、脱衣所から執務室へと顔を覗かせた。その足元が素足なことに気付いて、勝己は自分の室内履き用のサンダルを出久の前に置く。大きすぎるのか、出久はパカパカとサンダルを引きずりながら、不格好な歩き方で執務室の中へと出てきた。

「その……」

 「早く言え」と言いそうになるのをぐっと堪えて、勝己は出久の言葉を待つ。この頃の出久が今のように自分と対等に会話が出来ないことは、勝己が一番よく分かっていた。
 何やら言いづらそうに口ごもる出久は幼く小さい。勝己のTシャツは首元が余って鎖骨から肩近くまで見えてしまっている。腕は筋肉どころか贅肉すら少なく、骨っぽい。ズボンの裾は余ってサンダルや床に擦ってしまい、なんとか持ち上げようと出久はズボンのウエストを両手で持ちあげた姿勢で固まっている。

「……待ってろ」

 勝己は執務室の棚を掘り返し、ロープを掴んで出久の傍へと跪く。出久がズボンを持ち上げた状態のまま、その腰にロープを巻き付けて腰で引っ掛かる程度に縛り、余った裾をついでに折り込んでやった。出久はズボンからようやく手を離し、恥ずかしそうに目を泳がせながらヘラりと笑う。

「あ、ありがとうございます」
「ん、髪乾かすか」
「え、」
「座ってろ」

 出久をソファに座らせ、勝己は脱衣所からドライヤーを持ち出す。延長コードを繋いで温風を当てると、出久はびくりと身を固めた。緊張した身体から力が抜けるのを待ってから、勝己はそっと指を髪に差し込む。すぐにまた緊張する出久にどうしようもない痛みを感じながらも、ゆっくりと手櫛を通していった。
 出久の髪に爆破や鷲掴み以外で触れた記憶は無く、そう思うと勝己も少なからず緊張してくる。寝癖のように乱れた髪はまともに触れると思いのほか柔らかく、するすると勝己の指の間をすり抜けていった。指で挟み、伸ばすように乾かしていくと些かいつもの癖毛が落ち着いていくようで、勝己は何故か焦ってワシワシと乱雑に出久の髪をかき回す。「わぷ」と小さなうめき声が聞こえたが、気にせず逆毛になるように強風を浴びせた。

「乾いたな」
「は、はい!」
「……いつも通りに喋ればいいわ」
「ぅ、……あ、ありがとう……?」
「ン」

 出久は頬を赤らめてもじもじとしている。勝己はソファに出久を残し、コードを巻き取りながら脱衣所に籠って自分の髪も乾かしはじめた。一連の流れで殆ど乾いてしまっていたが、出久と離れて考え事をするには丁度良い。
 濡れた髪から垣間見える出久の細い首筋や華奢な肩が目に焼き付いている。このままではマズい。が、自分で言った手前、出久を自宅に連れ込まなくてはならない。もんもんと立ち込める感情を鎮めるために、出久と距離をとる必要があった。
 
 あの出久と同じの頃の自分は、そろそろ精通を迎えていたはずだ。未だに思い出す……中学一年の頃、体育の授業でバレーボールの試合中、セッターだった出久はレフトだった勝己にトスをあげ、飛び込んでくる勝己をボンヤリ眺めていたせいで避けられずぶつかり、押し倒すように二人してもつれ込んで……組み敷いた出久の光景が忘れられず、その日の夜に勝己は性癖が歪んだのだ。
 あの頃の勝己にとってはトラウマのような経験であったが、今となってはラッキーだったとしか言いようがない。
 
 今までもこの先も一切動かすつもりのない、勝己が内に硬く閉じ込めている感情が、今日はどうにも揺さぶられる。

「……出久?」
「あ、かっちゃん!」

 乾ききった髪に温風を当て続けてしばらく。パサパサになった頭で勝己が執務室に戻ると、出久はソファから立ち上がり、大・爆・殺・神ダイナマイトの籠手をまじまじと眺めているところだった。旧式の籠手は勝己が普段使いしているものではなく、過去の物を飾っているに過ぎない。勝己の頭に公安の忠告が浮かぶ。
 
(情報管理……)
「これ!手榴弾みたいなデザインで格好いいなって!」
「あー……」
「かっちゃんの個性にピッタリのデザインだよね!機能を考えてみたんだけど、やっぱり汗を溜められる構造になってるんじゃないかな?触ってみたかったんだけどちゃんと我慢してるよ!ねぇひょっとして」
「待て」

 出久は目を輝かせて勝己を振り返る。髪を乾かしたことで警戒心が薄れたのか、勝己のヒーローコスチュームの一部を見て興奮したのか。おそらく双方の相乗効果によるものだが、出久は勝己を怖れる様子もなく口を開きペラペラと話し出す。
 勝己はため息をつきながら、手の平をあげて出久を制した。ピタリと口を止め、失敗したとでも言うようにしょぼくれる出久を見て少しだけ面白くなる。

「お前が元に戻ったら未来がどうなるか分かんねーから、あんまり見んな」
「元にって、夢から覚めたらってこと?」
「あ?あー、そうだな」
「そっか……いいね、リアルっぽくて」

 出久は本心で夢だと思っているのか、夢だと思うことにしたのか。どちらかは分からないが、籠手から渋々といった様子で離れた。
 サンダルを引きずりながらソファへと戻ろうとする道すがら、ぐぅ、と腹のうめき声が執務室中に響く。恥ずかしそうに腹を抑えて出久が見上げてくるので、勝己は思わず吹き出して笑った。「飯にするか」と声をかけると、顔を真っ赤にした出久が小さく頷く。

「店寄るわけにもいかねーし、家でなんか作るか」
「え、かっちゃんの家……?」
「文句言うなよ」
「言わないよ!」

 荷物を抱えて出久を引き連れ、執務室を出てエレベーターに乗る。地下二階のボタンを押すと、 グンと重力がかかり籠が下がり始めた。出久は勝己の横できょろきょろと籠の中を眺めている。

「此処はかっちゃんの事務所なの?」
「…………」
「ぼ、僕も……その」
「…………言わねぇぞ」
 
 「僕も一緒なの」と聞きたいのだろう。出久はもごもごと口ごもりながら、これだけはどうしても聞きたいとでも言うように勝己を見上げる。勝己が拒絶するとションボリと沈んで視線を落としてしまったが、勝己としても「一緒だ」と言いたいところだった。 正確には「一緒にヒーローするために口説いているところだ」となるのだが。
 この出久が仮に過去と入れ替わっている場合、今のうちに少しでも自分の想いを仕込んで置けば口説きやすくなってはくれまいか。邪な考えが頭をよぎる。

「お前は後ろな」
「おぉぉ……」

 地下駐車場に一台だけ残った勝己の車の傍で、出久は後部座席を覗き込む。勝己が鍵を開けて助手席に荷物を放り込み後部座席の扉を開くと、出久は恐る恐るといった様子でクッションに手を埋め、戸惑ったように背後に立つ勝己を振り返った。「はよ座れ」と勝己が声をかけると、「その」と目を泳がせる。

「どこに座れば……?シートベルトとか」
「あ?どこでもいいわ」
「えっ」

 勝己は出久を胸板で押し込むように車体の中へと身体を入れ、中腰の出久の肩を押して座席へと沈めた。「わぁ」と小さく呻く出久に覆いかぶさり、後方からシートベルトを伸ばして固定する。

「なにこれっ……」
「そのまま沈んでろ」
 
 クッションから顔だけをなんとか浮上させた出久が手を伸ばし、勝己の腕を掴む。勝己は腕にぶら下がる出久を少しだけ持ち上げ、クッションから引き上げた。ふわりとクッションの上に出久を座り直させると、落ち着いたのか出久の手が勝己から離れる。

「あんま外見るなよ」
「はーい」

 勝己は後部座席の扉を締め、運転席に乗り込む。バックミラーを見ると、勝己の言いつけを聞いているのか居ないのか、すでにキョロキョロと辺りを見渡している出久が映った。もう少し埋めておけばよかったかとも思いつつ、勝己は車のエンジンをかけ、サイドブレーキを引く。エンジンの重低音が車内に響く。

 「…………」
 「…………」

 過ぎて行く街灯にチカチカと断続的に照らされながら、勝己はなるべく広告の少ない道を通り、自宅への道を急ぐ。出久は外の景色を見ないように努めているつもりなのか、視線を勝己の後頭部へと向けているようだった。バックミラー越しに出久の視線を感じて勝己も居心地が悪く、落ち着かない。
 
「かっちゃん」
「なんだ」

 後ろから聞こえた声はすれ違う車の走行音にかき消されそうなほど小さく、勝己はセンターコンソールのボタンを押す。ノイズキャンセリングが起動し、外部の音が一切遮断された。出久が「へ」と驚いた声をあげるのが鮮明に聞こえる。

「あ……えと」

 自分の住むマンションが見えてきて、勝己はウインカーを下げた。カチカチと車内に稼働音が響く。 

「僕は、かっちゃんと一緒に居た……んだよね」
「…………」
「……や、やっぱいいや」

 出久は少なくとも、勝己がヒーローをしていることは確信しているようだ。あとは自分がどういう状況なのかを、勝己の車に乗りながらずっと考えていたのだろう。
 勝己の事務所でシャワーを浴びていた。脱衣所には自分の物だと思われるビジネススーツが畳んで置いてあった。勝己のコスチュームは執務室で見つけたが、自分のと思われる物は何処にもない。
 正確には部屋の隅にアーマードスーツが置いてあったが、それが自分の物とは思わなかったのだろう。

「……居た」
「え」
「一緒に居た。それ以上は聞くな」

 マンションの駐車場へと車を進めながら、勝己はそれだけを絞り出すように伝えた。「お前は誰よりもかっけーヒーローになってる」と本当は言いたかったが、それが勝己の伝えられる限界の言葉だった。

「そ、っか」

 勝己は自分の駐車スペースへと車を寄せ、シフトレバーをRへとずらす。助手席に手を当てて振り返ると、クッションに埋まった出久と目が合った。薄暗い車内で「へへ」と顔を緩ませて笑い、視線を逸らされる。何か言おうと口を開いたところでガクンと車に衝撃を受け、普段は触れさせずに停めている車止めにタイヤが着いたことを知り、勝己は慌ててブレーキに足を押し込んだ。驚いた様子の出久から顔を逸らしてエンジンを切り、車を出る。

「降りるぞ」

 後部座席の扉を開き、出久に覆いかぶさるようにしてシートベルトを外す。勝己がクッションに手をつくと、その圧に押された出久が少しクッションから浮き上がり、勝己の胸元へ鼻先が触れた。カチャリと音が鳴り、ベルトはスルスルと後方へと巻かれていく。

「おら」
「あ、ありがと」

 勝己が手を差し出すと、出久は両手でその手を掴む。車体の外へ身体を引きながら出久を引っ張れば、釣り上げられるように出久は車の外へと引き出された。突っかかって車の中へと取り残されたサンダルをアスファルトへと落としてやり、出久がそこに足を入れている間に荷物を回収して車の鍵を閉める。

「いくぞ」
「うん」

 勝己はゆっくりと出久の前を進んだ。ペタペタと大きすぎるサンダルを引きずりながら一所懸命に後ろを連いてくる出久を振り返ると、なんとも言えない気分になる。サイズの合わないTシャツとスエットを着せられ、腰にロープを巻き付けて歩いている様子はかなり危ない。
 勝己は部屋までの道中どうか誰にも出会わないようにと願った。出来ることなら出久を抱え走って部屋に向かいたいが、怖がらせるだろうか。

 ぐぅ。

「……」
「……お、お腹すいちゃった」

 駐車場に出久の腹の音が響く。規則正しく並んだ蛍光灯に照らされ、へらりと笑って頬を染める出久の顔がよく見えた。勝己は途端に今抱えていた苦悩がどうでもよくなり、頬を緩ませる。

「何が食いてーの」
「えっ」
「あるモンでしか作れねーけど、聞いたるわ」
「え……っと」

 歩く速度を落として、サンダルを引きずる出久に歩幅を合わせて横に並ぶ。出久は勝己が自分に合わせていることを察し、慌てた様子でペンギンのように早歩きをしかけ、勝己が急ぐ気はないことが分かると安心したように足を落ち着けた。ペタペタとサンダルがアスファルトを鳴らす音が駐車場に響く。

「うーん……」
「……カツ丼」
「いいの?!」
「三つ葉が無くていいなら、肉とタマネギと卵はある」
「ほわ……!」
「時間かかるぞ」
「うん!待つ!あっ……手伝う!」

 出久はルンルンと鼻歌が聞こえてきそうなほど軽快な足取りになり、心なしか歩く速度も速くなったように感じる。エレベーターホールにつき勝己がボタンを押すと、待つ間も後ろ手を組んで嬉しそうに勝己を見上げてきた。普段であれば仕事終わりに揚げ物なんて絶対にやりたくないが、此処まで喜ぶならやりがいもあるものだ。

「好き過ぎんだろ」
「え?」
「カツ丼」

 チンと音が鳴り、エレベーターの扉が開く。勝己が階層ボタンを押すと、出久は上機嫌に「高層階だぁ」と呟いた。勝己が高額納税者になる夢を達成していることが嬉しいのだろうか。籠が登っていく間も楽しそうに広いエレベーター庫内を見渡している。

「カツ丼も嬉しいけど」
「けど?」
「かっちゃんが作ってくれるなんて、夢みたいで……夢だけど」

 籠が静止し、扉がゆっくりと開く。出久は先に出て、廊下で勝己を振り返った。勝己が右へ曲がるのを待って、その横に並んで歩きはじめる。

「……そーかよ」
「うん!」

 この出久が知る勝己ではあり得ないのだろう。出久は本当に夢心地のようでふわふわと歩いている。部屋の前につき、勝己がドアノブに指を触れる。指紋認証が作動し、ガチャリと重厚な金属音が廊下に響いた。扉を開き、「入れ」と出久を先に中に入れる。

「すご……」

 土間の中央で立ちすくむ出久を奥に押しながら中に入り、勝己は後ろ手に扉を締め、鍵をかける。ドアロックを倒し、下部にある二重ロックの鍵も閉めた。

「玄関だけで僕の部屋の半分くらいありそう」
「さっさとあがれ」

 勝己は出久を置いて先に部屋に上がり、荷物から出久の制服を取り出して浴室へと持ち込んだ。ハンガーにかけて物干し竿へと吊るしていく。上衣、ズボン、肌着。ピンチハンガーへ靴下、ワイシャツはハンガー。

「あ……?」

 ぽとりと白い布が落ちる。 勝己はワイシャツをハンガーで掛けてからそれを拾い上げ、しまったと汗をかいた。小さなブリーフを両手で開いて持つ勝己が浴室の鏡に映っている。

(これが此処にあるってことは、)

 事務所で何やら物言いたげだったのはこれか。
 確かに全身ずぶ濡れだったのに、勝己が貸したのはTシャツとズボンだけだった。濡れたパンツを履き続け、勝己の服を濡らすことを躊躇ったのかもしれない。勝己は真っ白なブリーフをピンチハンガーにかけて、そそくさと浴室を出た。浴室乾燥機を起動し、扉を締める。

「かっちゃん、手洗ってもいい?」
「…………」
 
 廊下へ出ると、靴を脱いだ出久が大人しく待っていた。
 勝己の視線は出久の顔を通り過ぎ、下へと降りていく。自分のズボンを履いた出久の細い腰がロープに縛られている。

「……キッチンで、洗え」
「わかった」

 想像してはいけない。
 勝己は己を律しながら、廊下を奥に進んだ。

◆◆◆

 
「今日は此処で寝ろ」
「かっちゃんは何処で寝るの?」
「ソファ」
「だめだよ!」

 出久は勝己の使うセミダブルベッドを背に、扉を閉めようとする勝己へと食い下がる。勝己が少しでも腕を振れば振り飛ばされそうなほどか弱い力で、勝己は思うように突き放すことが出来ずぐっと身を固くして耐えた。出久はそれに気をよくしたのか、勝己のシャツを掴んで見上げてくる。

「僕がソファで寝るよ」
「ダメに決まってんだろ」
「…………」
「…………」
「じゃあ、その……一緒に寝る?」
「もっとダメだろ」
「…………」
「おやすみ」
「……ん……」

 出久を寝室へ半ば無理矢理に押し込み、勝己はリビングに戻る。早々に部屋中の電気を消して、ソファに横になった。寝室の方からは何も音が聞こえず、とりあえずほっと息をつく。
 出久の細い首筋や手足が脳裏に焼き付いて離れない。出久が身動きするたびに、スウェットに浮き出る丸みが気になって仕方ない。勝己は暗くなった部屋でズボンの中に手を入れ、熱くなった股間に触れた。今の出久が自分の服を着たらどんな姿になるか、目を閉じて思い浮かべる。

「……クソ」

 勝己はソファの上で身体を丸め、手の動きを速めた。先端に溢れたカウパーを親指でなぞり、竿に塗りつけるように指を滑らせる。
 そもそも自分の事務所で二人きり、シャワーを浴びている出久がそこ居るというだけで今日はマズい状況だったのだ。それが自分の服を下着もなしで着て無防備に自分の家に居る。
 初めてこの感情を抱えた時の姿で、指一本でねじ伏せてしまえそうな非力そのものといった姿でそこに居る。寝室に鍵をつけておくべきだった。内側から鍵をかけさせるべきだった。

「……いず……いずく……ッ、グ、ぅ」
 ギィ。
「!?」
 
 扉の軋む音が響き、勝己はギクリと身体を固める。射精まであと一歩というところだった。脳裏では自分の服を着た出久が乱れに乱れていた。背筋が凍って一気に昂ぶっていた鼓動が止まる。音の元に視線を向けることすら出来ず、ズボンの中で股間をぎゅっと握り締め、今にも溢れそうな精液を押し留めた。

「か、かっちゃ」
「寝ろ」
「…………」

 ひたひたと、素足をフローリングにつけながら出久がこちらに歩み寄る足音が聞こえる。勝己は飛びのいてソファの隅へと逃げ込んだ。股間から手を離し、濡れた手を出久から遠ざける。

「あの」
「離れろ」
「……なにしてたの」

 一切の照明が消された部屋で、ブラインド越しの月明りに出久のシルエットが照らされる。薄暗く、表情は読めない。
 出久はソファに手をおき、勝己の隣へと乗り上げてくる。じりじりと迫ってくる出久から逃げるように勝己は後退るが、肘掛けに腰が当たり逃げ場が無い。

「僕の名前、呼んでた」
「やめろ」

 流石に分かる年齢だろ。触れるな。
 勝己が強くそう願っても、出久は退く様子がない。勃起した股間を誤魔化すために上げた立膝に触れ、出久は勝己の身体の上に小さな腰を乗せた。勝己の腹の上に置かれた手が少し震えている様子から、出久も緊張していることが分かる。

「今は僕のこと、出久って呼んでるの」
「降りろ」

 出久は顔を俯かせ、するすると自分の背中へと手を滑らせる。おそらく尻に当たっているのだろう、昂ぶったままの勝己の股間へと振れた。スルリと撫でられ、勝己は腰の奥からずくりと血液が沸くのを感じる。

「……すごい」
「ッ、シャレになんねぇって」

 突き飛ばして今すぐ辞めさせるべきだ。頭で分かっていながら、ユラユラと揺れる出久の尻と手に股間を擦られ、勝己は抗うことが出来ない。出久が熱っぽい息を吐く音が聞こえ、ごくりと生唾を飲む。
 出久は前かがみになり、勝己の胸元へと顔を寄せた。寄り添うように勝己の太ももへと座り直すと、ズボンの中へと手を差し入れ、勃起した勝己の物を取り出す。

「ま、じでやめろ。犯罪者にするつもりか」
「……いつも僕としてるの?」
「してねぇ。だからやめろ」
「…………いやだ」

 出久は勝己の股間に触れ、コスコスと擦りはじめる。既に濡れていた先端からすぐに溢れるようにカウパーが零れはじめ、出久はこくりと喉を鳴らし、それに指をすべらせた。糸を引いて垂れる液体を指で擦り合わせる。

「何がしてぇんだよ」
「…………」
「殴って止めればいいんか」
「……そしたら、おっきな声だす。かっちゃんに暴力振るわれたって、言う」
「はぁ?」
「だから、おねがい」

 出久は今までどんなに勝己が暴力を振るっても、親や教師に泣きつくようなことはしなかった。非難めいた視線を向け、さも正義は自分だと言わんばかりの顔をするだけだった。
 勝己は出久のそんな態度に甘え、今まで好き放題してきたのだ。コイツは何をしても自分の人生には響かない石ころだと思い込もうとしていた。
 思いもよらない出久の話に言葉が詰まる。黙りこくる勝己を置いて、出久はするすると履いていたズボンを脱いでいく。当然パンツは履いておらず、筋肉のついてない丸い尻が晒される。
 
「ここも触って」
「ま、ッ」
 
 出久は勝己の手を引き、自分の後ろへと触れさせる。「待て」と喉元まで出かかった言葉は最後まで発せられることはなかった。出久の指に押し付けられて触れた尻穴が、くぱくぱと指先を軽く咥え込む。勝己が中指に力を咥えると、暖かい肉に簡単に埋もれていった。出久はもっとというように腰を揺らす。

「おま、」
「かっちゃ……」

 出久は勝己の指に自分の指を重ね、一緒に自分の中へと迎える。出久の指に誘われるがままに勝己が指先を動かすと、熱い息を吐いて出久は震えた。二本の指が入っていても出久は苦しそうなそぶりを見せず、ぐねぐねと腰を捩らせて勝己の指を奥へと導く。勝己はそのうちに自分が止められなくなり、夢中になって出久の中を探った。熱い中を抉るように指を回すと、出久が小さく声を漏らす。

「かっちゃん、もっと」
「な、んで……おまえ」
「いっぱいにして」

 勝己の指はいつの間にか二本になり、三本目を入れようという頃には、出久は息も絶え絶えに勝己に縋りつくように撓垂れ掛かっている。
 勝己はそれでも止められずに、出久の中へと無理矢理に自分の指を押し込んだ。勝己の胸元へと涎を垂らす出久の手元では、勝己の陰茎がだらだらとカウパーを溢れさせている。

「かっちゃ、」
「…………クソ……」
「いれて、」
「…………」
「お願い、だめ?」
「……だめだ」

 勝己は葛藤しながらもなんとか最後の砦を守り、出久の中から指を抜き取る。
 ぽっかりと空いた穴をはくはくと動かしながら、出久は勝己の上に乗りあげ、尻を勝己の上で滑らせた。月明りが出久を照らす。

「お願い」

 勝己の陰茎に手を添えて、先端を穴に触れさせる。カウパーが塗られ、滑りのよくなった穴が勝己を迎え入れようと動き、勝己は突き上げそうになる腰をぐっと耐えた。出久はその様子を見ながら、腰を勝己の上にゆっくりと降ろす。

「まッ、いずく……ッ」
「ぅ゛……ッは、ぁ゛」

 「待て」「ダメだ」と何重にも頭の中で考えながら、上に乗る出久を振り落とすことも出来ず、勝己はじっと固まる。出久の中にゆっくりと股間が飲み込まれていく。

「ぅへ、へ……」

 出久は中程まで勝己を受け入れて中腰のまま止まり、苦しいのか涙で濡れた顔で笑った。細く柔らかい太ももをガクガクと震わせ、勝己の肩に手を置く。

「かっちゃ、好き」
「は、」
「夢でも……繋がれて、うれしい」

 硬い殻に閉じ込めていたものが膨らみ、ミシミシとひび割れていく感覚がする。勝己はたまらずに、肘掛けへと預けていた背中をあげて震える出久を抱き寄せた。小さい唇を塞ぎながら細い体を両腕で抱え込み、腰を突き上げる。

「ぉ゛ッ?!」
「クソッ!」
「あ゛、ぁ゛ッ!」

 グポ、と先端が結腸を突き抜く。出久は奥歯をガタガタと鳴らし、潰れたカエルのように喘ぐ。出久を抱え込む勝己の腕に、震える出久の手が添えられた。掴んだ手は弱い力で爪を立て、薄い蚯蚓腫れを作る。

「いずく!クソ……ッ!」
「ンぎっ、ぁ゛ッ!は、ぁ゛、ぉ゛っ!か、っぢゃ、ッ!」
「ごめん、いずく、ゴメン、止まんねぇ」
「ぅ゛ッ、あ゛、ッかっちゃ、ぁ゛、かっ、ちゃ、ッ!」

 出久はソファから転げ落ち、フローリングへとうつ伏せに転がる。勝己はそれでも自分を止められず、寝そべる出久の中深くに自らを突き挿れた。
 今まで閉じ込めてきた気持ちが溢れていく。濁流のように押し寄せる欲が勝己を動かす。
 出久が床に手をついて起き上がろうとするので、勝己は全身を覆いかぶせて床へと縫い付けた。小さな体はすっぽりと勝己に覆いつくされ、床にへばりつくように潰れる。

「ぁ゛、う゛、ぅ゛」
「はぁッ……いずく、 」
「かっちゃ、ぁ゛」
「……ッくそ……っ!」
 
 床に頬をつけた出久の顔が月明りに照らされる。虚ろな目で息も絶え絶えに泣く顔にどうしようもない衝動が沸いてしまう。
 勝己は自分の下で手足をバタつかせる出久を抱え、突き刺した自身を引き抜くこともなく、その身体を仰向けに転がした。焦点の合わない瞳が大きく開き、涙が溢れて零れ落ちていく。

「ぁ゛うっ」
「出久、いずく」
「お……なか、ふか、ッぁ゛」
「ごめん、好きだ、いずく……出久、」
「も、ぉ゛、ッ、ぃぐ、ぅ゛ッ、っ……」
 
 勝己は目を閉じ、掠れた声で縋るように出久を呼ぶ。目の内ではもはや、どちらの出久を呼んでいるのかも分からなかった。
 鼓膜を揺らす出久の悲鳴が、勝己の抱えていた硬い殻を砕いていく。あふれ出た感情はどろどろと零れ、勝己の全身へと広がっていく。
 勝己を掴もうとする腕ごと、身動ぎを許さず抱え込んだ出久の中をかき回しながら、勢いよく腰を打ち付ける。押しつぶすように出久の前立腺を抉り、結腸を抜いて出久の腹の中に全てを吐き出した。

◆◆◆

 
 朝日が昇ってしまった。
 
 気絶した出久の身体を拭き、中の精液を掻き出して寝室のベッドへ寝かせたあと、勝己はリビングのソファで項垂れたまま一睡もすることが出来なかった。

 情報管理が何だったか。
 入れ替わりだろうが退行だろうが、夢だろうが幻だろうが何だろうが終わった。幼馴染としても、ヒーローとしても、人としても終わりだ。

(終わった……終わりだ、全部……)

 ピチュピチュと小鳥の鳴く声が聞こえる。普段ならこの階層まで飛んでこないはずが、何だというんだ。
 鳥の声まで自分を戒めるサイレンに聞こえはじめ、勝己は頭を抱える。
 
(自首するか……)

 ガチャリと寝室の扉が開く音が聞こえ、勝己の肩が跳ねる。
 ひたひたと、素足がフローリングに触れる音がゆっくりと近づいてくる。扉のノブがガチャリと回される音がスローモーションのように耳に響く。

「…………」

 勝己は音の元を見ることも出来ず、頭を抱えたまま静止した。足音の主も扉を開けたところから動く気配はない。

「…………」
「…………おはよ」
「…………、」

 幼さの抜けた声が聞こえる。勝己は覚悟を決めてゆっくりと顔を上げ、出久の方へ向ける。
 
「…………、ハヨ」
「ひどい顔だよ」

 出久はゆるりと勝己へ笑いかけ、リビングの電気をつけた。

「服貸してくれないかな」

 出久のスーツは勝己の事務所に置いたままだ。出久は身体を上布団に包んだまま、するすると勝己の傍へと寄って来る。

《かっちゃん、好き》

 幼い出久の言葉が脳裏に響く。勝己に縋るように腕を回し、泣きながらキスを強請っていた情景が浮かぶ。

「かっちゃん?」
 
 別の世界線の出久だった可能性もある。勝己が産みだした幻想の可能性だって否めない。

「……いず、く」

 出久はソファに手をつけ、勝己の隣へと座り込む。
 
「なに、かっちゃん」
 
 勝己は何度も口をはくはくと開け閉めしながら、自分でも驚くほど弱く、けれど隠しようのない本音を、その喉から絞り出した。

 出久は抱えていた布団を広げ、勝己をその中へと招き入れる。勝己の肌に薄く散っている蚯蚓腫れに指を滑らせ、幸せそうに笑う。
 温かい熱に包まれて、勝己は漸く、瞼が重くなることを感じた。

 終

【啐啄の機(そったくのき)】
雛が卵の内側から殻を叩くことを「啐(そつ)」、親鳥がそれに応じて外側から殻を叩くことを「啄(たく)」という。 両者の呼吸が完璧に合致したその瞬間に、初めて殻が破れ、新たな命が生まれる。

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