その日、勝己は散々な一日を送っていた。
礫を投げつけるようにバタバタと雨が窓を殴っていた。憂鬱な目覚めに溜息をつき、ノロノロと身支度を済ませていたところ、時間に余裕があると思われたのか母親がゴミ捨てを押し付けてきた。抵抗むなしく通学路を遠回りをしてゴミ捨て場に赴いたところ、同じくゴミを捨てに来た幼馴染と鉢合わせてしまい、土砂降りの中で勝己の気分は最下層まで落ちた。
普段は幼馴染と登校なんていう気色の悪い状態に陥ることはなかった。勝己は朝早くに登校し、幼馴染はクラスの中でも最後尾に近いからだ。小学校の頃は集団登校の集合場所に勝己よりも早く来ていた奴が、随分な変化を遂げている。勝己と登校時間をずらそうとしていることが想像にたやすい。何をするにも勝己の神経を逆なでする男だった。
後方では爆破された頭をノートの影に隠し、ブツブツと何やら呟いている幼馴染が一定の距離をおいて歩いる。「こんな土砂降りでも爆破が」と明らかに勝己のことを話している言葉が聞こえ、勝己は振り返ってねじ伏せてやろうという気持ちをなんとか耐えながら、校門の前に立つ教師へと小さく挨拶を返した。後ろで幼馴染が教師へ朗らかに挨拶をする声が聞こえ、苛立ちが募る。
雨は止むことを知らず、放課後を過ぎても続いていた。勝己は数学教師から雑に押し付けられたプリント回収を済ませ、校舎一階の職員室から二階にある自分の教室へと戻るべくだらだらと廊下を歩いていた。湿っぽい空気の中、授業から解放されて自由を掴んだ新入生達が好き放題にはしゃいでおり、上履きが廊下を擦る音がキュウキュウと勝己の頭を苛立たせる。何故上級に上がれば上がるほど、自分の教室に向かうのに階段を登らなくてはならないのか。何故職員室は一階なのか。勝己が顔を歪めて出した舌打ちは、喧噪と雨音に溶かされ、誰の耳に届くことも無い。
「キャッ!」
教室の扉から不意に飛び出してきた女生徒が勝己の元へと飛び込んでくる。勝己は咄嗟に身体を傾けて躱し、女は勝己の右腕に掠りながら廊下へと転がった。一瞬、ゾクリとした感覚が熱を持った痺れのように身体に巡り、勝己は足を止める。じゃれていたのか、教室の中ではクラスメイトらしい女たちが焦ったように転がった女を覗き込んでいる。
「す、すみません……」
「……チッ」
冷めた目で見降ろす勝己と目が合い、廊下に転がった女は涙ぐむ。いつの間にか周囲で騒いでいた一年達は潮が引いたように静まり返り、勝己と女生徒を息を呑んで見守っていた。
勝己からしてみれば、普通に歩いていただけなのに体当たりされ、何も言っていないのに勝己を怖がって被害者ぶっている女が迷惑極まりない。感情を逃がすように再び出た舌打ちで、女生徒の肩がびくりと震えた。勝己は面倒になり、女に背を向けて廊下を再び歩き出す。
「あ、ま、待ってください……!」
背後から震える声が聞こえても、勝己が足を止めることはない。焦ったように何度か女生徒が声をあげたが、「もういいよ」とクラスメイトが制止するとピタリと止んだ。勝己は学ランのポケットへと手を入れ、廊下の角を曲がって階段を登り始める。
見上げると踊り場の窓から土砂降りの外が見えた。曇天からバタバタと窓に水滴を叩きつけ、その存在を勝己に知らしめている。苛立ちも限界だった。段差を踏み潰すようにダンダンと大袈裟に足を鳴らしながら窓の横を通り過ぎ、背を向けて二階へと向かう。溜まりにたまった鬱憤が頭を占め、全身が沸いているようだった。たかが一階層分階段を登っただけで息が荒くなり、自分の余裕の無さに更に苛立つ。ギリギリと噛みしめた奥歯の中で舌打ちが鳴る。勝己は階段を登り切って息をつき、妙に熱い身体を見下ろす。
「は?」
自分の心臓の音が耳元でドクドクと鳴り響いているようだった。勝己は呆然とその場に立ち尽くす。振り続ける雨の音も、下校する生徒達の喧騒も、一気に勝己の意識から遠ざかっていった。
――――
出久は近頃大きな悩みを持っていた。
無個性であることよりは大きくないが、それなりに出久の中では困っており、誰にも話すことが出来ない悩みだった。
「なあミドリヤくん」
三年生は三人がかりで出久を囲い、廊下の隅へと追い詰める。電気すら消されているような暗がりで、普段は誰も使わない場所だった。逃げ惑う内にこんなところへ追い詰められてしまったわけだが、出久はそれでもきょろきょろと逃げ道を探す。
「俺達見ちゃったのよ、ミドリヤくんがエンコーするとこ」
「へっ?」
「稼いでんだろ?俺らにも分けてよ」
カツアゲをされること自体は過去にも経験があったが、身に覚えのない言葉に出久は思わず先輩の顔を見上げる。ニヤニヤと気味の悪い笑い方をした先輩たちが、品定めをするような顔で出久を見ていた。
「日曜にバルコの横でさぁ」
「大人しそうな顔してんのにね」
確かに出久は日曜にバルコに行っていた。新発売のオールマイトコラボグッズを手に入れるべく始発の電車に乗り、行列に混ざってやっとの思いで手に入れたのだ。
「な、なんのことですか……?」
出久は身体を縮こませながら、じりじりと迫ってくる上級生から後退る。トンと背中が壁に当たり、焦った出久が背後に視線を向けたところで、クスクスと嘲笑う声と共に腕が出久の横へと突き立てられた。
「汚ねーおっさんのチンコ世話して稼いでんだろ?」
「そそそんなこと」
壁に出久を追い込んだ上級生は、小さくなって震える出久を見下ろして目を細める。出久はようやく上級生が何を言っているのか理解して、喉の奥が詰まっていくような息苦しさを感じた。
バルコの帰り道、見知らぬ男性に声をかけられたのを上級生達は見ていたのだ。出久の腕を取り、お金をチラつかせて一緒に食事をしたいと言い出した。出久は恐怖で力が出ずに、引きずられるように男性の隣を少しの間歩いた。
「とぼけんなって……ミドリヤくんがホモなのは黙っててやるからさぁ」
「ちっちがいます!」
「きっしょ……そーやって女みてーに泣いてチンポ咥えてんの?」
「そそそそんなことしてません!」
「試しに俺のもやってよ」
足が震え、壁伝いにずるずると尻もちをつく出久の前で上級生がズボンのベルトを緩め始める。「マジかよ」と他の二人が笑い、出久を囲った上級生は「いけそー」と後ろを振り返る。三人の視線が自分から逸れたことが分かり、出久は猫のようにその横をすり抜けて勢いよく走りだした。
「あっクソ!」
追いかけて来る上級生達から無我夢中で逃げる。近頃出久を悩ませていることがこんなところまで影響するとは、出久自身思ってもみなかった。電車に乗れば高頻度で尻を触られ、人気の少ないところへ行くと変な大人に声をかけられる。自分が男性に性的な目で見られやすい存在なのだと嫌でも分からされる経験が続き、出久は困り果てていた。
階段を登っては降り、校舎内を駆け巡る。わざと職員室の前を駆け抜けると、流石に上級生達は出久を追いかける足を緩め、距離を開けることが出来た。そのまま階段を一段飛ばしで駆け登り、傍のトイレへと駆けこむ。バタバタと階段を慌ただしく登る音が聞こえたので、咄嗟に一番奥の個室のドアを掴んだ。上手く開かない扉をガチャガチャと何度も引っ張り、ようやく開いた拍子に中へと飛び込んで、必死に扉の鍵を閉める。ふぅ、と息をついた刹那、出久の視界は閃光で焼かれた。
「ぎゃっ」
頭を掴まれ、強い衝撃と熱が脳を揺さぶる。床のタイルへと尻もちをついた出久は、自分の足が便器以外の何かに触れていることにようやく気付いた。
「てめぇ……」
「はぇ……?」
爆破された頭を抑えながら、出久は薄く目を開く。鼻先に触れそうになっているそれを見て、パチパチと瞬きをした。複数の足音が慌ただしく近づいてくる。
「な……」
「…………」
瞬きをすればするほど、視界はクリアになっていく。幼馴染が、今にも破裂しそうなほど青筋を浮かべて出久を見下ろしていた。上級生たちの声が近づいてくる。
「かっちゃ」
「黙ってろ」
勝己はそれだけを言って顔を背ける。上級生がトイレの中へ入ってくる音が聞こえ、出久は焦って勝己の方へと身を寄せた。怒張した肉棒が頬を擦れ、先走りの生臭いにおいが脳を染める。
(黙ってろって……)
勝己は扉の向こうを睨みつけ、何も言わない。出久はわけが分からず、目の前に突き出された勝己の肉棒を見つめる事しか出来なかった。心臓がばくばくと忙しなく騒いでいる。二人の呼吸で、個室の中はむせ返るような熱気が溜まりつつあった。
(な、なんとかしろってこと……?)
自分のものよりもずっと大きく、硬く張り詰めた男根から目が離せない。出久は男性から性欲の捌け口として扱われ過ぎたことで、正常な思考から外れはじめていた。
「ミドリヤくーん?居るんでしょ?」
ドンドンと扉が蹴られる。出久はびくりと身体を揺らし、勝己が身体を預ける便器へ縋りつくようにすり寄った。布の擦れる音が聞こえたからか、上級生は嬉しそうにケタケタと笑って扉をガチャガチャと揺らし始める。
「まだ話終わってないんだけどー?」
勝己が便器から立ち上がって後退る。出久は二人の間に出来た隙間を埋めるように身体を個室の奥へと詰め、便座の上へと膝を乗せた。タンク上に乗り上げた勝己は苦々しく出久を見下ろし、小さく舌打ちする。
「なんすか」
「あれ?」
「俺ミドリヤくんじゃないっスよ」
「あ……?ンだよ……ゴメンねー?」
勝己が声を出したことで、上級生は途端に大人しくなる。出久を逃がしたと思ったのか「つまんね」とブツクサ言いながら遠ざかっていった。出久は勝己に助けられたことが分かり、天変地異でも起こったような気分で勝己の方へと向き直る。腫れた肉棒が、昂ぶった姿をさらし続けている。
(…………)
出久は意を決して、それをそっと掴んだ。見知らぬ大人や上級生のモノなんて想像もしたくなかったが、不思議と勝己のモノであれば抵抗は強くなかった。ゴクリと唾を飲み干し、震える顎を開いて口をつける。先端から溢れた我慢汁が舌につき、苦みと生臭さが口の中にぶわりと広がり、ぐっと腹の奥がせり上がるのを耐えた。
「は、ぁ……ッ」
「っ?!」
胃液が上がってきそうになるのを耐えながら、口の中に勝己の肉棒を入れる。勝己は何も言わずに出久の頭を掴み、先ほど自らの爆破で縮れさせた出久の髪を引っ張った。驚いた出久が口をすぼめてじゅっと吸い付くと、掴んでいた手が緩まる。
「折角いい金ヅル見つかったと思ったのによぉ」
「お前使おうとしてたじゃん」
上級生達は手洗い場の傍に留まっているらしく、乾いた笑い声が聞こえる。出久は声を出さないよう必死に耐えながら、勝己の肉棒へと舌を這わせ、喉の奥へと入れた。我慢汁が口の中にあふれ、吐き気を耐えてボロボロと涙が零れる。
「ンぶっ……ふ……ッ」
「ッ……」
出久の髪を握る手がぶるりと震え、出久は勝己を見上げる。血走った目が出久を捉え、口の中の男根が意思を持ったように喉の壁を押し上げた。「グぅ」と出久のうめき声が個室内に響き、トイレの中はスッと静まりかえる。出久の口から零れた唾液が、ぱたりと洋式便所の蓋へと垂れる音さえ大きく聞こえるほどの静寂だった。
――――
「お前ら早く帰れよ」
教師がトイレに集う上級生たちに声をかけ、止まっていた時間はようやく動き始めた。上級生たちはすごすごと帰路につき、教師によってトイレの電気が消される。
「はぁッ……」
出久はようやく勝己の肉棒から口を離し、ぜぇぜぇと息をついた。勝己はその様子を未だに信じられず、呆然と見下ろす。出久が何故そんな行動に出ているのか、理解が追い付いていなかった。
女生徒の個性で勃起が治まらなくなった勝己は、便所の個室に籠ってなんとか怒張を治めようと自慰に励んでいた。そこにガチャガチャと無理矢理鍵を開けて出久が飛び込んできて、物音を立てられない状況でフェラチオが始まり、今に至る。気色の悪い光景に萎えるはずが、盛り上がるばかりの股間に勝己の混乱は頂点に達していた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった出久の顔が再びこちらに向けられ、口の中に陰茎が飲み込まれていく。
「んッ……ぉ、ご………っ」
「……クソ……っ」
出久は汚い顔を晒しながら、時折竿に歯を当てつつグポグポと拙く舌を這わせる。喉の奥に先端が触れるたび、出久の指先が勝己の腰をぎゅっと掴んだ。どうみても慣れておらず、出久の動機が分からない。何よりも、こんな吐き気丸出しの不細工な顔を見せつけられ、上手くもない口淫で射精しそうになっている自分が理解できなかった。必死になって頭を動かす出久の姿から目が離せない。我慢汁がどくどくと溢れ、胃が拒絶するのか出久の喉の奥が痙攣する。ぎゅっと陰茎が喉と舌に押さえつけられ、勝己は歯を食いしばった。
「……ッ、デク……ッ!!」
「んグ……ッ!」
出久の頭を抑えつけ、喉の奥に精液を流し込む。出久は目を虚ろにのけぞらせながら、縋るように勝己の腰に腕を回した。勝己の下腹部に鼻を擦りつけて根元まで勝己の肉棒を咥え込む。
「ぉご……ほ、ぉ……っ」
勝己が萎えた陰茎を出久の口から引き抜くと、せり上がってくる胃液を押し込めるように口をつぐみ、ごくんと飲み込む音が聞こえた。
「…………」
「…………」
下校を急かすチャイムが鳴り、出久は漸く便器から離れる。個性の影響は解けたのか、勝己の陰茎はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「じゃ、じゃあ……」
出久はそれだけ言って、個室のドアを開けて去っていった。放心した勝己は便座に座り直し、出久が手洗い場で口を濯ぐ音をぼんやりと聞く。
パタパタと出久がトイレを出ていく音が遠ざかっていき、ようやく外の雨音が再び聞こえ始めた。萎えた陰茎を見下ろすと、先ほどまでそれを必死に咥えていた出久の顔が脳裏に浮かぶ。
「はぁ……?」
再び張り始めるそれに勝己は戸惑う。個性の影響はすでにないはず。それなのに、ぐちゃぐちゃに歪んだ幼馴染の顔が瞼の裏に貼り付いたようにフラッシュバックする。勝己は勃ちあがりはじめた陰茎を擦りながら、奥歯をギリギリと噛みしめ、最悪の日に再び舌打ちをした。
終
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