ordrレイプ軸、個性無し世界線 ホテルマン×バス車掌
自慰、無理矢理、濁音
《お待たせいたしました…次は、田等院グランドホテルです》
始発のバス車内にはこのホテルの従業員が多く乗車する。
前を走る車が従業員駐車場の方へ曲がっていくのを待って、僕はハザードランプをたいてバスを路肩に寄せた。
かっちゃん、今日は早番なんだ。
幼馴染がこのホテルで働いていることを知ってから、もうすぐ1年が経つ。
新しい社員が本部から赴任してきたとかで、女性従業員がバスの車内できゃあきゃあと嬉しそうに話していたのを聞いて。
爆豪さん、なんて珍しい名前。まさかと思っていたら、正面玄関に立つ彼を見かけて。
仕事中、車通勤のかっちゃんとすれ違うことも多くて。向こう側からは車高の高い位置にいる僕を認識されることもなく、僕は一方的にかっちゃんの様子を眺める毎日を送っていた。
幼馴染だった僕らは、小さい頃から一緒だった。
でも僕の愚図で弱いところが良くなくて、段々と関係は険悪になっていって。高校を卒業してからは一度もちゃんと会っていない。
いい思い出もなかったから、成人式にも行かなかった。
「爆豪主任、厳しいけど、素敵なんだよね…」
「分かる!」
バスを降りていく女性の会話が耳に残る。
そっか。かっちゃん、従業員の人にも人気なんだな。
学校でも皆の憧れだったし、僕も、そうだったし。分かるなぁ…、僕には意地悪だったけど…。
「新歓は今年も田等院グランドホテルだってよ」
「総務はもう新規開拓する気なさそうだな」
「今年も緑谷は泊まりな」
「えっ」
新入社員歓迎会。この会社は毎年盛大に行っていて、ホテルの会場で食事会を開いている。
呑みの席であることもあって、希望者は宿泊も可能だ。家庭がある人は終電に間に合うように帰るけど、僕のように独身でしかも男だと、こうやって半強制で宿泊になって呑まされる。
「…あー、今年は、ちょっと…」
「なに?彼女出来たの?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃーいいじゃん!付き合えよ」
「う…」
先輩は宿泊希望者名簿へ僕の名前を勝手に書いて、機嫌良く休憩室を去っていった。立食会の後、小部屋を借りて麻雀をしながら呑み直す流れなんだろう。
去年までなら、全く問題なかったんだけど。麻雀もお酒もそんなに得意じゃないけど、先輩といるのは楽しいから、それなりに楽しみな行事ではあった、けど。
宿泊者名簿には20人ほどの名前が既に記載されている。
まあまあ人数いるし。流石に気付かれることもない、かな。
「ぁ……」
「……」
「緑谷?」
そりゃあ、主任なら大口顧客のパーティ会場には居るよな…。
仕事中のかっちゃんとばっちり目があい、シャンパン片手にフリーズする僕を先輩がつつく。
「もう酔った?」
「いえ…」
「コレ食った?マジうまい」
ホレ、とフォークに刺さった食事を突き出してくる先輩に目を向け、差し出された揚げ物を口に入れる。
確かに美味しくて、去年までは代わり映えのしないメニューだったはずが、経営方針が変わったのかもな、なんて会話をそのまま先輩と続けた。
視線を戻した頃には、かっちゃんは会場から姿を消していた。給仕係ではないようだから、そりゃそうか。
ホテルマンの制服、似合ってたな。記憶の中にある乱暴なかっちゃんからは程遠い、凛とした立ち姿と、テキパキ部下の人に指示を投げる大人のかっちゃん。
格好良かった、な。見れてよかった。
もう会わなくなってから何年も経つし、目が合っただけじゃ気付かれなかったかも。
そもそも気付かれたって、かっちゃんにとって僕はもう過去の存在で、どうでもいい、のかも。
「緑谷、次なに呑む?」
「…先輩と同じの、呑みます」
僕とかっちゃんの中は、中学の頃から特に悪くなっていった。
僕がかっちゃんをイラつかせてしまうことが多くて、でも幼馴染だから交流する機会が多くて。
「これ結構度強いけど、大丈夫か?」
「はい。美味しそうですし」
それで、ぐちゃぐちゃに関係が歪んでしまって、そういう関係になってた。
僕はその行為が辛くて。高校卒業と同時に連絡先を全部変えて、かっちゃんと距離を置くことにした。
「珍しいなぁ」
「たまには…」
「へー、いーじゃん」
毎回泣きながら果てる僕を面倒そうに見て舌打ちするかっちゃんが理解できなかった。
僕が嫌なら抱かなければいいのに。気持ち悪いなら触らなきゃいいのに。
「おかわり…」
「ペースはやくね?」
「先輩はまだいいですか?」
「おー」
新入社員の子たちが出し物をやらされている。
僕はちっともその内容が頭に入ってこなくて、隣にいる先輩との会話もふわふわ、受け流すばかりになってしまう。
「あんま呑みすぎんなよ」
「いつも呑めって言うじゃないですか」
「そーだけどよ」
会場の隅の従業員出入口から、かっちゃんがたまに様子を見に来る。
僕等の会社の管理部総務課長と、時折言葉を交わしながら、会場内を見回って去っていく。
かっちゃん、偉くなったんだな。
一般の平社員の僕とは大違いだ。そりゃあ、そうか。
「緑谷?」
「あ、はい」
「お前もう休むか?」
「え…」
「部屋送るわ」
先輩は僕の手からグラスを奪うと、傍の給士係へそれを渡してしまった。
腕を引っ張られ、会場を出る。
「女にフラれたんか?」
「いえそんな」
「ヤケ酒すんなら付き合うけど、そんな感じじゃないしな」
フロントへとそのまま腕を引っ張られる。
先輩は僕を心配してくれているようで、強引だけど歩幅はゆっくりで、掴まれた腕も優しい。
「折寺交通の者です。緑谷出久の部屋の鍵もらえますか」
先輩はフロントへと声を掛けながら、僕の腕を解放した。
引かれていた腕が離されてフラつく僕の腰をそっと支えながら、スタッフの方が名簿を確認するのを待ってくれている。
「…420号室です」
「、…」
「ども」
俯いていた顔を上げると、フロントに立つかっちゃんと目が合う。
先輩はかっちゃんからルームキーを受け取ると、僕の腕をまた取った。腕は肩に担がれ、背の高い先輩に合わせて少し踵が浮いてしまう。先輩また香水つけてる。仕事にはつけてくるなって、この前怒られてたけど、今日は無礼講なのかな。
「ご案内します」
「いや、去年も来たんで大丈夫スよ」
先輩は僕を担いで、そのまま踵を返してエレベーターへの道を進み始めた。
後ろからは何の声もかからない。
「ん、ぅ…」
部屋に残ろうとする先輩をなんとか会場へ戻して、部屋に1人。
「ぁっ…は、ぁ」
後ろに入れた指で中をひっかくと、お腹がきゅうきゅうして、おちんちんから先走りがトロトロ垂れた。
「かっちゃ、ぁ」
自分の手だと、奥まで届かない。
夢中になってなんとか指を奥までいれようとぐちゅぐちゅ動かす。気持ちいいいけど、物足りなくて、せつない。
ピンポーン…
「っ!」
部屋に鳴り響いた音で我に返って、パンツを探す暇もなく、脱ぎ散らかしたままのスラックスを慌てて履いた。ユニットバスの傍の洗面所で手を洗って、部屋の扉を薄く開く。
「お荷物をお持ちいたしました」
「あ…はい…ありがとうございます…」
お尻がきゅうきゅうして、頭がぼうっとしたまま、部屋の外に立つホテルマンの方に応対する。
「お運びします」
「いえ…ここで……」
少し震えてしまう手を荷物へ伸ばすと、その手を無視してホテルマンの人は扉を開く。
「、?」
「失礼シマス」
思いもよらない動きにホテルマンを見上げて、ようやく気付いた。
ぼーっとして、声も上手く認識できてなかった。
「か、っちゃ」
ズンズン部屋の中へ進んでいったかっちゃんは、部屋中をぐるりと一周したあと、僕の荷物を置いてこちらを見なおす。
「アイツは」
「は…え……先輩のこと…?」
「……」
「戻ってもらったけど…その、会場に…」
「…………」
部屋の中には、脱ぎ散らかしたジャケットやネクタイ、パンツが放りなげられている。
かっちゃんは扉の前に立ち尽くす僕に寄ってきて、縮こまる僕を押しのけて扉の鍵をかけた。
チェーンロックがガチャリと降ろされる音が、部屋に響く。
「あっあっあっあっんぅッうっ、っふぅッ」
ぐちゅっぐちゅっぐちゅっぐちゅっギシギシギシッ
「…となり、同僚なんだろ。聞こえんぞ」
「ぅ゛、ぅ~~~ッ!ん゛ッぅ゛っ!」
大きなベッドと備え付けのデスクでめいっぱいのシングルルームは、僕とかっちゃんが立つともう身動きが出来ないほど狭い。
スラックスを剥ぎ取られて、ついさっきまで弄っていたお尻に乱暴に指をいれられて。
洗面所に置かれていた女性用のスキンケアオイルをかけられたかと思うと、ベッドに手をつかされて無遠慮に突き上げられた。
パンッパンッパンッパンッ!ぐちゅぐちゅぐちゅグリッグリグリィ!
「ぅ゛ーーッ!」
「―――っ…」
びゅるっびゅるるるるるっ!
「は、ぁ…」
大量にかけられたオイルはいい匂いがして、その強いにおいに頭がクラクラする。
「……クソ」
腕の力が抜けてベッドに僕が転がると、お尻からズルリとかっちゃんのおちんちんが抜けた。
中に出された精液が溢れていく。かっちゃんは制服のネクタイを解いて、傍のデスクへとかけた。
「か、っちゃ…」
ジャケットもシャツも脱いでいくかっちゃんをぼんやり眺める。
もう忘れたと思ってた。代わりの人見つけたりしてると思ってた。
忘れられないのは僕だけなんだろうな、って、何処かで思ってた。
「っわ、ぁ?!」
かっちゃんは横たわる僕のシャツを乱雑に脱がせて、そのまま僕を担ぎ上げる。
「んわっ?!」
小さなユニットバスの中に連れ込まれて、シャワーを思い切りかけられた。冷たい水が徐々に熱くなっていって、栓のされたバスタブに湯が溜まっていく。
「な、なにするの」
「うるせぇ」
シャワーをかけられたまま、また腰を掴まれて慌てて壁に手をついた。
足元で溜まっていくお湯がバシャバシャ波打つ。カーテンが閉められて、熱気が籠っていく。
「かっちゃ、っ、ぁ゛…ッ!」
ずちゅっ!ばちゅっばちゅっばちゅっばちゅっぐちゅぐちゅっ!
「い゛ッ!ん゛っ!ぅ゛う゛っ!」
かっちゃんは何も言わないまま僕の中にまたおちんちんをいれて、奥をぐりぐり突き上げてくる。
滑りそうで不安定で、僕は咄嗟にカーテンを握って耐える。腰を掴まれて、叩きつけるみたいに乱暴に中を突かれる
ごちゅっごちゅっごちゅっパンパンパンッ!グリッグリィッ!
「ふぅ゛~~ッ!う、ぅ゛ッ!ン゛っ!」
「引っ張ると壊れんぞ、それ」
「い゛っ、ぁ゛、ッ!っ!」
かっちゃんはカーテンを握る僕の手を取って、前かがみになっていた身体を起こさせた。
上半身を抱えられて足が浮く。ぴったり肌がくっついて、おちんちんが下から突き上げてくる。
「ぉ゛ッ?!ぉ゛あ゛、ぁ゛っ!あ゛っ!ゃだ、おぐ、っ!ッ!」
1人でしてた時には届いてなかったところまで、かっちゃんのおちんちんが割って入ってくる。
お腹が苦しい。気持ちいいのが止められなくて、苦しい。
「ぅ゛、う゛、っ、ふぅッ!」
ばちゅっばちゅっばちゅっごりゅっごりゅごりゅっ!
出しっぱなしのシャワーが顔にかかって、上手く呼吸が出来ない。
立ち込める湯気とお酒のせいも相まって、意識が朦朧としてくる。
「かっちゃぁ、ぁ゛っ!いぐ、っ!ひ、ぐ、ぅ゛…ッ!」
「はぁ…いずく…、ッ!」
ぴゅるっびゅるるるるっ!
「ん、ぅ…?」
ベッドのスプリングがきしみ、身体が揺れる感覚に目を覚ますと、傍で制服に着替えるかっちゃんの背中が見えた。身体中が痛いし、頭も痛い。お尻も痛い。
「……え、」
「ン」
かっちゃんは起きた僕に気付くと、振り返って手に持っていた物をこちらに投げてくる。
「へ…?僕のスマホ…」
「また勝手に番号変えたら会社にかけるからな」
「は?!」
投げられた僕のスマホには、かっちゃんの連絡先が登録されていた。
暗証番号突破されてる。まあ、ずっと0610だし、変えてないし…
「仕事行く」
「あ、え、」
「お前もそろそろチェックアウトだぞ」
「え?!」
ベッドサイドの時計を見ると、チェックアウトまであと30分のところだった。
慌ててスーツを着ている僕を、かっちゃんは壁に寄りかかってずっと見ている。仕事行くんじゃないの?まあ、職場が此処なんだろうけど。
ピンポーン、とインターホンが鳴ると同時に、「みどりやー」と廊下から先輩の声が聞こえる。
焦る僕を置いて、かっちゃんは平然と部屋の扉を開けた。
なんとかシャツとスラックスを身に着けて後ろを追う。
「は、え?」
「ドーモ」
「あ、せんぱい!いま、今行きます!」
突然出てきたホテルマンに呆然とする先輩を押しのけて、かっちゃんは部屋を出ていった。
「な、なんかあった?」
「や、え、っと…幼馴染、でして」
呑み過ぎた僕を心配して、先輩は昨晩も一度部屋に来てくれていたらしい。
酒癖気をつけろよ、なんて言われたけど、全く記憶に無い。
かっちゃんは車通勤だ。いつも道路ですれ違ってたから、絶対にそうだ。
なのに、最近の爆豪主任は、何故かバス通勤、らしい。
「な、何か…御用ですか」
「……」
席が沢山空いていても、運転席近くの手すりにつかまって、じっと僕を見下ろしてくる。
理由は分かってる。
「…連絡」
「……」
「無視してんじゃねーぞ」
僕が寝ている間に回収された連絡先に、毎日のように連絡がくる。
次の休みはいつだ、とか。早番の日教えろ、とか。
「……危ないので、お座りください」
僕はそれを、ずっと無視してる。
だってまた、学生時代みたいな関係に戻るのは嫌だ。
かっちゃんにいいように使われて、面倒そうな顔される。
僕ばっかりキミが好きで、しんどいのはもう嫌だ。
「……あの」
「…………」
最終のバスはガラガラで、かっちゃんがいつも降りる停留所は過ぎている。
「……終点です、けど」
乗客はもうかっちゃんしか居ない。真っ暗な道でポツンと停まるバスの中、かっちゃんは運転席に座る僕をじっと見降ろしている。
「出久」
「……、」
「……もーあがりだろ」
「……降りてください」
車内アナウンスのスイッチを切って、小さく呟いた。
なんだよ。いつも《デク》って、呼んでたくせに。
「話がしてぇ」
「……」
「営業所の外で待っとる」
かっちゃんはそれだけ言って、終点の停留所で降りていった。
タクシーなんて全然通らない、僻地の停留所だぞ。
僕の方が早く営業所について、車庫にバス入れて日報書いて、退勤出来ちゃうんだ。
警告音の後に、バスの扉が閉まる。
誰もいない真っ暗な片側一車線道路で、方向指示器を出しながらバスを走らせる僕を、かっちゃんは停留所の傍でじっと見ていた。
〆
かっちゃんが出勤の時にいつも乗ってくる停留所からホテルまでは、片道250円。ホテルから終点まで行くと、390円。
「1000円チャージで」
クラッチを繋ぎ、エンジンブレーキの減速に合わせて緩やかにフットブレーキをかける。停止線の少し手前で車体が停止したことを確認し、サイドブレーキを引いたところで左後ろから声がかかった。
「また?」
「ン」
一万円札が差し出され、手元の金庫から千円札へ両替して返す。
「田等院駅で定期券が買えますよ」
「いらね」
「モバイルチャージも便利ですよ」
「やらねー」
僕から千円札を受け取ったかっちゃんは手早くスマホへチャージを済ませ、手すりへと戻っていく。信号が青に変わり、僕はまたクラッチペダルを奥まで踏み込んだ。
プシュ、とエアの抜ける音が鳴り、少しバスが揺れる。ギアをあげ、クラッチが繋がったことを足で感じながら速度を上げていく。かっちゃんは手すりにゆるく捕まり僕の方を見下ろしながら、バスの振動に合わせてフワフワと揺れている。
「そんなにチャージしてどうするの」
「自販機で水買っとる」
少なくとも僕の運転する車体に乗車してきた時は、毎回こうだ。信号や降車の多い停留所で停まっている間に、千円チャージ。他のお客さんの迷惑にはならない。
「…たくさん飲むね」
深夜の最終バス。乗客はかっちゃんしかおらず、車内アナウンスはすでに切ってしまっている。かっちゃんの家の最寄りの停留所は既に過ぎてしまった。後はもう、営業所までの道の途中にある終点へと向かうのみ。
「何がしたいの」
終点は住宅街の中にあって、タクシーは配車しない限りまず通らない。タクシーに乗ったとして、かっちゃんの家まで三千円はかかりそうな距離がある。チャージしたモバイルペイでは足りないし、ただえさえ遅い帰宅がもっと遅くなる。
「会話」
かっちゃんは手すりに寄りかかって、大きく欠伸をした。このところ深夜勤務が続いて疲れているらしい。シフトとしては定刻ではないらしく、他のホテルスタッフの乗車もほぼない。
「来月のシフト教えろ」
「やだ」
「夏季休暇どうなっとんだ」
「…教えない」
かっちゃんは微睡ながら、僕の酷い返答にも動じずに話し続けている。昔は僕が話すと嫌がったのに。今はまるで、僕が言葉を発せば何でもいい…みたいに。
――――――――――
「……かっちゃん」
数か月前、「営業所の外で待っとる」とバスを降りていくかっちゃんに言われた後、バスを車庫に入れた僕は営業所で一時間ほど残務を済ませて退勤し、街灯の下でこちらを見ていたかっちゃんに思わず声をかけた。終点から歩くと40分はかかる距離で、側にはタクシーも見当たらない。
「出久」
慌てて従業員駐車場の方へと向かう僕を、かっちゃんは腕を引いて止める。びくりと身体が硬直するのが分かったのか、かっちゃんはすぐに掴む力を弱めた。
「離して」
「……、ごめん」
振り払うと抵抗も無く解放される。記憶の中の、横暴で僕の気持ちなんて微塵も気にしないかっちゃんとは別人だった。僕が踵を返して歩き始めても、もう駐車場の砂利を踏む音は僕のものしか響かない。
「…ッ悪かった!……この前も……!」
掴まれていたのは腕なのに、胸の深くを握られているような気分だった。
「…………全部」
あのかっちゃんが、僕の拒絶を受け入れて、立ち止まって。静かにこちらを見ている。視線が背中にささる。
「……なんなの」
振り返ると、かっちゃんの目が少し見開いた。口が開かれて、はく、と音もなく動き、閉じる。
「もう……僕、いくから」
「いずく」
「デク、じゃないの」
「……」
湿った空気の中、カエルの鳴き声が何処かから聞こえた。学校の帰り道によく聞いた。小さい頃、2人で探し出しては捕まえた。
「行くな」
僕は探し出したカエルが怖くて捕まえられず、かっちゃんを呼びつけて代わりに捕まえてもらっていた。アニメみたいにゲロゲロ鳴かずに、くぐもったような鳴き声を出す。ヌメヌメして、ぎょろぎょろと目を不気味に回す。
「…もう、どっか行くな」
かっちゃんは恐る恐るカエルを見つめる僕に、ずいずいカエルを寄せて驚かしては笑っていた。小学校の低学年頃。僕らがまだ、普通の幼馴染だった頃。
「……何それ」
僕を遠ざけたのはかっちゃんなのに。僕はいつだって、君が憧れだった。なんだって出来て、かっこいい。眩しくて威烈で、強く惹かれていた。
「……」
僕が居なければ、清々するんじゃなかったの。視界に入るだけで苛ついて、痛めつけて辱めたい対象だった僕が。
「……」
僕はそれでも、どんな扱いでも、君が僕を見て僕に触れてくれることを手放せなかった。痛くて苦しくて辛いのに、惨めに縋っていた。
「…、」
やっと仕舞えたところだったのに。過去のことだから。忘れてしまおうと思えるようになった、ところだったのに。
「……帰り、どうするの」
「は、」
「…乗ってけば」
リュックから手探りに鍵を取り出して、スイッチを押す。遠くで僕の車が軽快な音をたてて、ライトを煌々と点滅させた。
「…いいんか」
「……バス停までね」
かっちゃんの車より、ずっと安くて小さいコンパクトカーに乗り込む。助手席に座るとかっちゃんは頭が天井に擦るようで、少し腰を傾けて身を縮め、ダッシュボードに膝を何度もぶつけながらシートベルトを締めた。
エンジンをかけて、左手でギアを1速へ切り替える。アクセルペダルとクラッチペダルを踏みこみ、サイドブレーキを下げた。クラッチペダルを操作しながら、ギアがかみ合う感覚を足で味わう。ゆるゆると動き始める車を駐車場の出口へと走らせていく。
「私物もミッションなんか」
「…うん」
シフトレバーへと伸ばした左手がむずがゆい。狭い車内で、かっちゃんの手と触れそうだった。周囲の安全確認の度に、かっちゃんと視線がかちあう。
「エンスト面倒じゃねーの」
「新しい車はそこまでしないよ。バスはトルクが強いから、普通車よりもっとしない」
バスと普通車じゃ操作の感覚が全く別物だし、同僚も皆ATに乗ってる。プライベートでもMTに乗ってるのは物好きだって、よく言われる。
「ほーん…」
ギアがかみ合う感覚が好きなのかもしれない。クラッチペダル越しに伝わってくる、歯車のかみ合っていく感覚。エンジンとタイヤが繋がって、車体が進んでいく。
「昔は車なんて、興味なかっただろ」
「…そんなことないよ」
僕等はいつまで経っても、かみ合わない。小さい頃は一緒の歩幅で、一緒に進んでいたはずなのに。
いつしか、かっちゃんは僕とは全く規格の違う存在になってしまって、近くにいるだけで、お互いにすり減るばかりになってしまっていた。
「……アイツと、付き合ってんのか」
「あいつ?」
「…この前の、…」
「先輩のこと?」
「……」
「…そんなわけないでしょ」
少しの間の後に、「フーーーン」と長い相槌がうたれた。腰が痛むのか少し身体を捩ったかっちゃんは、僕から視線を逸らして流れていく街灯を眺めている。
僕に手を出す物好きなんて、後にも先にもかっちゃんだけだよ。
車を走らせてしばらく、かっちゃんの家の最寄バス停に近づいた。駅前にほど近く、治安も良くて人気な区画。家賃もその分高く、最近は高層マンションも建つようになった。街灯も増えて道は明るい。
ウインカーを出して車を路肩へと寄せる。
「ついたよ」
「…ん…たすかった」
ハザードランプをたきながら声をかけると、かっちゃんは扉を開いて脚を外に出した。身体を屈めながら窮屈そうに外へと出ていく。
「出久」
「…なに」
車に手をかけて、かっちゃんは車内を再び覗き込む。俯いた視線がゆっくりとあがり、僕の顔をみたと思うと、また何処かへと逸らされる。
「…またな」
「………う、ん」
バタン、と助手席の扉が閉められ、僕はたいていたハザードランプを消した。かっちゃんは一歩後ろに下がり、その場に立ち続けている。
深夜のガラガラの道路で、右後方へと顔を逸らしながら、ウインカーを右へと灯す。加速しながらバックミラーを覗くと、かっちゃんは変わらない場所でこちらを見ていた。
――――――――――
「爆豪さん、来月二連休とってらっしゃいましたね!珍しい!」
始発のバス車内。運転席の傍でぼんやり立っているかっちゃんに、女性が話しかけていた。
「何処か行かれるんですか?」
「…まぁ」
バスを停留所に止めると、お客さんが乗り込んでくる。かっちゃんは身体を縮めて、奥へと進んでいくお客さんへ道を開けた。
「何処行くんですか?」
「通路邪魔だから、座れ」
「ええー」
かっちゃんは自分を差し置いて女性に空席を示し、スマホへと視線を落とした。相手にされないことが分かったのか、女性は大人しく席へと座り口を閉ざす。
二連休、珍しいのか。ホテル勤務だから、そうなのかな。何処に行くんだろうか。
仕事をしているかっちゃんは、いつもバス車内から見ていた。一般のお客さんを案内したり、荷物を持ったり。偉そうな人と話していたり、部下の人へ指示を出していたり。
でも、プライベートのかっちゃんがどんなことをして過ごしているのか、何も分からない。
小さい頃のように一緒に遊ばなくなってから、ずっと分からないままだ。休日どんなことをして過ごしているのか。どんなことが好きなのか。
君から話しかけてくれるようになった今になっても、まだ。
「二連休?」
「前に、話しかけられてたでしょ」
「……あー、」
数日経って、最終バスに乗り込んできたかっちゃんは、いつものようにガラガラのバス車内の中で運転席の傍の手すりにつかまった。スマホをICリーダーへと翳して、チャージを済ませながら僕の問いに応える。
モニターに映った残高はもうすぐ一万円を越えそうになっていた。
「気になんの」
「……まあ」
「フーン」、かっちゃんは口癖なのかまたそう言って、スマホをポケットに仕舞う。
信号が青になり、バスを発車させる。車体が揺れ、手すりに捕まったかっちゃんは重力のままに運転席の方へと身体を傾けた。元の姿勢に戻ることもなく、後頭部に視線を感じる。
「出久が休みンとき何してるか言ったら、言う」
「ええ?」
僕が最終バスの担当で、かっちゃんが昼番で残業した日だけ。月に一度あるかどうかのこの時間が、僕はそれなりに楽しくなってきていた。
「どうせナードだろ」
「…そーだけどさ」
「わるい?」と僕が口を尖らせると、後ろから「いや」と柔らかい声が聞こえる。目の前にある車内カメラのモニターの中では、手摺に身体を預けているかっちゃんの頭が画面端に見切れている。
「そーだろうと思ったわ」
「どうせオタクですよ」
「怒んなよ、また映画化するんだろアレ」
「うん…よく知ってるね」
「まーな」
先の交差点で、歩道の信号が点滅をはじめるのが見えた。アクセルから足を離して緩やかに減速する。すぐに車道の信号も黄色へと切り替わり、赤いランプへと移る。
プシュ、とエアの抜ける音が響いた。ガラガラの道の交差点。信号が切り替わっても、停車したバスの前に車は通らない。
「…それ、で?かっちゃんは何処に行くの」
振り向くと思いのほか近くにかっちゃんの顔があって、少し息が止まる。かっちゃんも驚いたのか、身体を少し起こして真っ直ぐに立ち直した。目線を外し、遠くの真っ暗な住宅街を見ながら「山」とぶっきらぼうに呟く。
「山?山って、あそこに見えるやつ?」
「あれはもう閉山しとる。次は長野」
この街から見える、この国有数の高くて綺麗な山。月明りに照らされて、星空の中に真っ黒なシルエットが浮かんでいる。山の隙間から差し込む朝日が綺麗なんだ。朝型にバスを走らせているとよく見えて、暖かくて、眩しいのにどうしても惹かれてしまう。
あの山の上から見る景色はどんなに綺麗なんだろうか。写真では何度も見たそれを生で味わうのは、どんな気分なんだろうか。
「一人で登るの?」
「あ?……まぁ」
「大丈夫なの?遭難とか…」
「ナメんな」
そうは言っても、山に登らない僕が普段お目にかかれるのは、ニュースで流れて来る滑落だとか救助だとかの話ばかりだ。かっちゃんなら大丈夫だと思う反面、心配になる気持ちも湧いてくる。
「……興味あんの」
「え?…うん、まぁ」
「……お前も来るか」
「え」
交差する道の歩道がパカパカと点滅を始める。慌ててサイドブレーキを外して、アイドリングストップしていたエンジンを吹かす。プシュ。エアの抜ける音が響く。信号が切り替わるのと同時に、バスはゆっくりと前に進んでいく。
「い、いいの」
「お前が来てえなら」
この時間が、まるで本来の幼馴染に戻れたようで、すごく好きだったから。
一歩踏み出すのが少しこわい気もした。何かが変わってしまうんじゃないかと思うと、このままでいいのにと考えてしまう。
「…道具とウェアは貸せるけど、靴はサイズ合わせねーとダメだ」
「そうなの?」
かっちゃんも何処かぎこちない様子で、「休みとれよ」と少し詰まりながら言った。ゴソゴソとポケットからスマホを取り出し、調べ物をはじめる。
「次の休みいつだ」
「次?」
「靴の試着行く」
「試着……」
「山道ナメんなよ、俺はおぶらねーからな」
「そんなこと頼まないよ!」
かっちゃんと約束するなんて、小学生ぶりかもしれない。休みを合わせて、待ち合わせ場所を決めて、かっちゃんはバスを降りていく。僕はドキドキする心臓を落ち着かせながら、バスを車庫へと向かわせた。
――――――――――
「二万七千円……」
「レンタルなら四千円しねーけどな」
平日のアウトレットパーク。空いていてアウトドアショップには僕とかっちゃんしかお客さんが居ない。寄って来る店員さんに手慣れた様子で話しかけ、かっちゃんは僕にいくつかのトレッキングシューズを合わせる。
「いや、記念だし…買うよ!」
「…………まぁ、履きなれとく方がいいわ」
硬いソールと、足首を覆うハイカットの赤い靴を抱えてかっちゃんは僕の前に跪く。
「自分でやるよ」
「いーから」
靴ひもを解いて、かっちゃんは僕の足から試着していた靴を抜き取った。店員さんが持ってきてくれた最新モデルのトレッキングシューズを傍に揃えて置き、かっちゃんが持ってきてくれた赤いトレッキングシューズを履かされる。
「いいね、コレにしようかな」
椅子から立ち上がり、ピョンピョンと跳ねてその場を歩き回ってみた。大きく見えるわりには軽くて、足にぴったり合って歩きやすい。床に足をつくたびにグリップの聞いた重い足音がするのも、楽しくて心が躍る。
「ン。じゃーこれクダサイ」
かっちゃんはそれだけ言うと、店員さんにクレジットカードを手渡してしまった。慌てて僕がリュックから財布を取り出している間に、決済が済まされてしまう。
「俺が誘ったんだから、俺が買う」
「いや!僕が記念に欲しかったんだから!」
レンタルでも良いものを、僕が買い切りで欲しがっただけなのに。かっちゃんは僕が騒いでいる間にも、店員さんとやり取りを進めてしまう。新品の靴がバックヤードから運ばれて、タグがハサミで切られた。店員さんに誘導されるままに椅子に座り、試着していた展示用の靴を脱ぐ。
「ダメだよこんな高いの」
「うっせ。じゃー昼奢れ」
「それはそのつもりだったよ!今日付き合ってくれたお礼に」
かっちゃんとまた出掛けられて、一緒に買い物が出来る日が来るなんて。
学生の頃の僕が聞いたら、夢だって思うはず。こんなこと絶対にあり得ないって思ってた。だから、記念に。
これから何があっても、この靴の思い出で補えるように。
「あのな」
タグの切られた新品の靴が目の前に差し出された。履いて来た靴はビニル袋に入れられて、傍に置かれる。かっちゃんは手慣れた様子で靴紐を緩めて、僕の前にまた跪く。
「俺は記念にする気はねーんだよ」
「え?」
「お前が行けそうなら何度でも行くし、これがボロボロになったらまた買い直す」
「そん時は自分で買え」とかっちゃんは言って、僕の足を靴の中へと入れた。紐が足に沿って絞められていく。
ピッタリと足に沿った靴の上で、かっちゃんは靴紐を指に絡ませた。交差させたかと思うと、きゅっと結ばれてしまう。何が起こったのか分からないほど一瞬で結ばれた紐は、一見はいつもの蝶々結びに見えた。イアンノット、とかっちゃんが教えてくれたその結び方は、見た目よりもずっと結ぶのが難しくて、絶対に解けない。
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登る山について調べたら、初心者用として有名な所だった。きっと僕のために登る山を変えてくれたんだろう。標高の低い山は山頂近くまでロープウェイが通っていて、観光用の売店もあって、綺麗な景色を見ながら食事まで出来る。日帰り出来るほどの簡単な登山で、明日は身体を休めるためだけの休日になる。
「ありがとう、連れてきてくれて」
「ン」
かっちゃんはカレーが甘いことに文句を言いながら、ぶっきらぼうに呟く。会社の制服を着る時以外はいつもトレッキングシューズを履くように指示されていたおかげで、此処まで山道を登ってきても靴擦れを起こすことも無く、体力にはまだ余裕があった。
「なんか、普通の幼馴染に戻れた気がする」
街よりもずっと気温が低くて、澄んだ空気が鼻を抜けていく。店内じゃなくて外で食べることにしてよかった。山頂近くの岩の多い傾斜地で、麓では見られない小さな紫色の花が風に吹かれている。
「あ、ごめ、何でもない」
それが口から漏れたことに気付いたのは、かっちゃんがスプーンをカレー皿に置いた音ではっとしたからだった。誤魔化しながら、あまり減っていない自分のカレーを口に入れる。子どもでも食べられそうな程甘くて、具の小さいカレーだった。小さい頃に食べていたものに似ている。
「はじめから…普通の幼馴染なんかじゃねーよ」
「え?」
「ずっと受け入れられなくて、お前に当たってた」
カレーを咀嚼する口が止まる。飲み込もうとしても、上手く落ちていかない。
「お前が好きだ」
「ずっと前から」と、かっちゃんは僕の目を見ながら、ハッキリと言った。僕の中のかっちゃんからは想像も出来ない言葉だった。
「…今更言っても、どうにもならんことくらい分かっとる」
スプーンを滑らせて、かっちゃんは残りのカレーを口の中に詰めていく。咀嚼もそこそこに水で押し流し、「行くか」と言ってかっちゃんは席を立った。僕も慌てて水でカレーを押し流す。山頂は目の前にあった。あと30分も歩けば、辿り着いてしまう。
「待って」
「テッペンで聞くわ」
食器を片付けて、前を行くかっちゃんを追う。引き留めないと、どんどん遠ざかっていってしまうように感じた。かっちゃんは僕を置いていっていないのに。ゆっくりとした歩調で僕に合わせて登ってくれているのに、その背中が小さくなっていくように見える。
「かっちゃん」
「喋ると息切れすんぞ」
「ねぇ」
かっちゃんは僕を気遣うのに、振り向こうとしない。進んで行ってしまうかっちゃんに、手が届きそうで届かない。
売店近くは少しは草花があったのに、山頂付近には殆ど見当たらなかった。ごつごつとした大きな岩が、うねる山道を囲うように転がっている。
「僕が今までのこと、全部許すって言ったら、キミはどうしたいの」
「許すな」
かっちゃんの言う通りに、息がぜぇぜぇと荒くなっていく。空気の薄さを実感する。山頂の広場がもうすぐそこで、振り向いて視線を上げたら絶景が見渡せそうなのに、顔を上げることが出来ない。
「許さなくていい。許すな」
かっちゃんは足を止めて、僕の肩からリュックを抜き取った。軽くなった身体で視線を少し上げると、リュックを二つ背負ったかっちゃんが先に進んでいくのが見える。
「っ、」
足を前に出す。口の中に唾液を溜めて飲み干すと、少し息が楽になった気がした。広場に先にたどり着いたかっちゃんが僕のリュックから水筒を出して、こっちに差し出している。
「ありがと」
「……ン」
ベンチに座り、蓋まで緩められていた水筒から思い切り水を飲み干す。登ってきた山道が下に見える。視線を遠くに向けると、森の向こうに小さく街が見えた。薄く広がる霧が、まるで雲の上にいるように感じさせる。
「あのね、かっちゃん」
水を飲むと息苦しさも随分と落ち着いた。僕が声をかけると、傍に立っていたかっちゃんはぎこちなく視線をこちらに向ける。
「君とは色々あったけど…その、」
太陽の光を遮るものが何も無くて、照らされたかっちゃんが眩しくて目を細める。
ベンチを立ち上がり、かっちゃんの横に並んだ。卒業してから僕もそれなりに身長が伸びたけど、かっちゃんはもっと大きくなった。ウィンドブレーカーの裾を引くと、かっちゃんは身体をこちらへ向ける。
「そこに君の想いがあったなら、僕にとって幸せなことだよ」
かっちゃんは口を歪めて、小さく「アホか」と呟く。僕が「そうだね」と笑って返すと、泣きそうな顔で笑って、僕の背中へと腕を回した。