目次

1

「爆豪と緑谷はずっと仲悪かったですから、信じられませんよ」

懐かしい顔がカメラに向かって嬉しそうに話しているのを、爆豪勝己は所長室のパソコンでぼんやりと眺めていた。
今朝の放送が配信されたものだ。再生数は伸び続けている。

「爆豪が一方的に緑谷を虐めていた感じでしたよ。それが今じゃこれですもんね」

旧友は晴れやかな笑顔で「今度帰ってきたら何があったか教えてくれよな!」とカメラに向かって祝福する。
この男には本当に何の悪意も無いのだ。この発言で勝己の立場が悪くなることを想像することが出来ない。
何の他意もなく純粋に馬鹿なその男を、勝己も嫌ってはいなかった。

映像が地元からスタジオへと戻る。

「あの大戦で2人の関係がどう変化したのかは気になるところですね」

少し気まずそうに場を流す女性アナウンサーに、初老のコメンテーターは「虐めの加害者がヒーローですか」と更に場を凍らせた。

パソコンの通知音が響く。タスクバーに表示された赤い数字は、何度も重ねて響き続ける通知音と共に増えていく。

タイムラインの下部に流れていた事務所事務員からのメッセージを開くと、短文と共にネットニュース記事のURLが貼り付けられていた。

勝己に対して人々が抱えていたヘイトが派手に広まっていく。

大戦の功労者であるがために今迄抑えられてきた鬱憤が、同じく功労者である出久の復帰により不要の配慮となり、出久の人格を持ち上げるための糧とすらなっている。

事務員はさらにメールのスクリーンショットを送りつけてきた。決まっていた仕事がひとつ飛んだことを知らせるメールは、勝己がこの件を世間に説明することを求めている。

勝己は通知を一つずつ開き、疑問を持つメッセージへは肯定を返していった。
その多くは勝己を気遣うメッセージではあったが、勝己は自分の矮小な過去を隠すつもりもなかった。

勝己は過ちに気付いて、出久は被害者で収まるような人間ではなかった。
勝己が出久を虐げなくなったことで出久は勝己を恐れなくなり、その他大勢の同級生達と同じように交流するようになった。

今の自分たちには何の問題もない。

緊急要請のアラートが鳴り、勝己は外していた装備を拾い上げた。

溜まり続けていく通知をスクロールしても、出久の名前は見当たらない。

2

ヒーローが現場に駆け付けた頃、すでにその場は瓦礫の山になっていた。

《まだ多くの患者が見つかっていません》

割れた石造の看板には、勝己と出久が何度も治療を受けた病院名が記されていた。
同じグループの精神病棟であったはずの建造物は、1階部分は中央部の地盤が解けたように沈み、その歪みにつられて上部のアスファルトが割れ、曲がった鉄筋が突き出ている。

《傷病者を発見しても、不用意に触れないでください》

インカムから響く病棟関係者の声に周囲がざわつく。

《デクです。理由を伺えますか》

勝己は聞き馴染みのある声に視線を向けた。遠くでウラビディやショートと言葉を交わす出久の姿が見える。成長するに従って穏やかさと冷静さばかり目立っていった出久のいつになく険しい表情に、勝己は目が離せなかった。

《非常に危険な個性を持つ患者が未だ見つかっていません》

個性社会になってからというもの、精神病患者の扱いはより一層難しいものになっていた。
自暴自棄や錯乱による個性の暴発を防ぐことと、患者の人権を守ることは相反する。患者が個性を使えないよう拘束したり、薬や手術によってその危険な思考を停滞させることは現代では許されない。

”シンクロ”の個性を持つその患者は、幼少期から重度の統合失調症に苦しんでいた。
触れた相手の思考と自分の思考が混ざり、共有し続ける個性は4歳の子どもには到底抱えられるものではなく、個性発現後2ヶ月で精神病棟へと入院し、その後一度も外へ出ていない。

自分の個性がそのまま病として扱われることになった患者は、本来の統合失調症の患者に行われる投薬やセラピー治療が何の効果も出ず、20年以上母親とすら触れ合わず、腫物のように病棟へ閉じ込められていた。

その母親も息子の個性から脱げ出せず、今は患者としてこの瓦礫の何処かに埋もれている。

《配送業者の臨時スタッフに”伝搬”の個性所有者がおり、シンクロの個性が病棟全体に広まっています》

患者や医療スタッフにシンクロの個性が伝搬し、お互いの思考が混ざり合って誇大妄想の塊となり、受け止めきれない者たちが自身の個性を暴発させた結果らしい。

仮設された司令室へナイトハイドが駆け込んでいく。

直接触れては個性にかかる危険性があり、患者に不要な刺激を与えないために攻撃することも出来ない。

ヴィランのいないこの現場で、勝己に出来ることは限られていた。
瓦礫を拾い上げ、セロファンが進む道を開く。

出久はウラビティと共に瓦礫を避けて、ワイヤーで患者を救い出していた。
声をかけあいながら手際よく瓦礫を取り除いていく2人の連携は完璧そのもので、他の誰の手も必要ないように見えた。少し前まで傍にいたはずのショートさえ別の場所へ移動して救助に加勢している。

元々雰囲気の似ていた2人は、その顔を同じように険しく歪めたままだった。2人は自分たちの行なっている個性カウンセリングの大きな課題を目の当たりにし、悔しさを共有している。

勝己はそれを想像することしか出来なかった。カウンセリングに自分は向いていないことを理解しているために、勝己はその分野からは距離を置いている。

「落ち着いてください」

「来ないで!!」

セロファンはテープに負傷者を巻き取り、ゆっくりと引きずり出す。

ナース服を着た女性は焦点の合わない目をぐるぐると回転させ、身体に纏わりつくテープを必死に剥がそうともがき、砕けたアスファルトや地面に散るガラス片で身体を傷つけながら暴れている。

「ぎ、ンァ゛ア゛ア゛、ぃ、ヤ゛、ぁ」

錯乱したナースは嘆くように呼吸もままならない呻き声をあげ続け、口の端からは胃液混ざりの涎が垂れ流される。テープから逃れようと身をよじり、身体にテープが絡まっていく。首や鼻口にまで絡んでいくテープにセロファンが戸惑いをみせ、勝己は仕方なしに支給されたロープでナースの手足を直接縛り付けた。身動きが取れずに倒れ込む女性の首を絞めるテープを切り、鼻と口を塞ぐテープを剥がす。

「悪い」

「仕方ねーだろ」

ナースの身体をテープで持ち上げたセロファンが救護室へと向かって歩いていく。
勝己は自分の手を見下ろしたが、ナースに触れた手には何の異常も見られなかった。
個性の影響はどの程度伝搬するのか、この場の誰もが分からない。

「ぅ゛あ゛あ゛」

「た、すけて、」

瓦礫の山から助け出された負傷者の多くが焦点の合わない目で何かに怯え、身をよじっている。
ロープと共に支給された警棒で負傷者を突き、地面に押し付けて拘束するヒーローもそこかしこに見えた。

彼らは敵ではなく被害者だ。ただ、自分の身を護るためにはああする他ないのかもしれない。

《こちらナイトハイド、シンクロの患者を救助しました》

数人のヒーローと共に、ナイトハイドが病棟から出てくる。
担架の上で呆然と虚空を見つめる患者は、ナイトハイドの洗脳にかかっているようだった。

「こっち助かってねーじゃん」

辺りに転がる被害者達は変わらずもがいている。
セロファンはぐったりとした様子の医者を軽くテープで拘束し、素手で抱きあげて救護室へと向かった。

勝己も地面に転がされたままの患者を抱き上げて後に続く。

「シンクロは解けても、共有された思考の記憶は消えねーんだろ」

勝己の腕の中で患者の口の端から泡が溢れる。ぼんやりと空を見上げるその患者を勝己は腕の中で横たえ、患者の口の中に溜まっていくそれを地面へと流した。

救護室には似たような状態の被害者が並べられている。暴れないよう拘束されたまま横たわった身体をベッドに縛られ、口を使う者には口枷が嵌められていく。

「大丈夫ですよ」

一際大きく暴れる患者の横に出久がいた。ベッドに縛り付けられた身体を力強く跳ねさせ、硬直した全身は腫れたように赤くなっている。
糞尿を漏らしたのかその周囲は異臭もキツく、出久の顔色は言葉の穏やかさに反して険しい。

「もう安全ですから」

患者は目を見開いて出久を凝視している。誇大妄想と現実の堺を見失って、彼には今出久がヒーローには見えていないのだろう。

出久が伸ばす手に怯え、触れられないように身を捩っている。

出久は精神汚染系の個性被害に慣れていない。
今は出久に出来ることは何もないが、出久にはそれが受け入れられない。

勝己もプロになって数回しかこうした事件には立ち合っていなかった。現場から離れていた出久には尚更受け入れがたい。

「デ―」

「デクくん、離れよ」

伸ばしかけた手の先にウラビティが立ち入る。勝己が前のめりになった身体を戻すと、ウラビティへと振り返った出久と目が合った。悔しそうに顔を伏せ、出久は勝己に背を向けてその場から離れていく。

「俺らも行こうぜ」

救護所に並ぶ怪我人と、離れた場所に安置されている遺体の数を合わせても到底指示された人数には届かない。
シンクロの個性保有者を鎮圧してもこの状態なのであれば、二次被害も当然に起こりうると思えた。

被害者全員に植え付けられた記憶は、忘れたくても忘れられないトラウマとして一生残る。

忘却の個性を使ったとして、都合よく今日の事故のことだけを忘れることが出来るのだろうか。全て抜き取られて、空っぽになることが出来たならその方が幸せなのかもしれないが。

救護所の壁にかけられた時計は夕方を指していた。勝己はそういえば朝から食事が取れていないと今更に気付く。
この場の誰もが同じだろうと思えた。この異様な空間で食欲が湧くわけもない。

「やめろ!」

ナイトハイドの焦った声と同時に、大きな物音とガラスの割れる音が救護所に響いた。

奥のカーテンで仕切られた空間から複数のスタッフが飛び出てくる。

「離れろ!」

「ッ、ッ、――ッ」

鈍い音が救護所中に響いた。口枷を嵌められた男は拘束されたベッドを倒し、ベッドの中で唯一自由に動く頭を床に叩きつけている。

「くそ、おい、あんた!」

ナイトハイドは少しの距離を取りながら、暴れる男に話しかけ続けている。

「ッ、ふぅ、ぅ、っ」

ガラスの散る床に頭を当て続け、血だまりが出来ていく。
男は錯乱しているようには見えなかった。叫び声ひとつ上げずにひたすら頭を叩きつける姿は確かに異様だったが、他の患者の行動とは違い明確な意思があるように見えた。

間違いなくシンクロの個性持ちの患者だろうと誰もが理解した。ナイトハイドの洗脳が解除されたのだ。
周囲のスタッフやヒーローが慌てて逃げたおかげで、勝己にもその姿が良く見えた。

頭を打ち付けた衝撃で口枷が外れ、涙に濡れた青白い顔がこちらに晒されている。
失血量が多過ぎるのか、頭をうち過ぎたのか、徐々に瞼が閉じられる。

動揺した被害者達の叫び声の中、その男は再び沈黙する。

ガラスの浮かぶ血だまりの中に真っ白なタオルが投げ込まれた。手袋を嵌めた医療スタッフがタオルごと血とガラスを拭い去っていく。

「起こすぞ」

「…あぁ」

勝己がナイトハイドに声をかけると、彼は伸びきった前髪を後ろに撫でつけて深い息を吐いた。
長らく見ていなかった彼の額を勝己は少し懐かしく思いながら、男を縛り付けたままのベッドを共に起こす。

血を吸ったシーツはずっしりと重く、床から起こされた男の頭部は見るに堪えないほどズタズタに傷付いている。

「一回ベッドを移しましょう。ガラスを除去して縫合します」

医療スタッフが綺麗なベッドを横に並べた。

分厚いグローブを嵌めたスタッフがトングとタオルを持って男をつつき始める。
気絶している今のうちに、血とガラスまみれの身体も清拭したいのだろう。

拘束具を解いてシーツごと男を持ち上げ、隣のベッドへと転がす。
裸にされた男の上に申し訳程度の毛布がかけられ、医者は頭部にささったガラス片をピンセットで抜き始めた。個性で乱雑に締められていただけの拘束は一旦解かれ、汚れた手足がトング越しに清拭されていく。

男の青白い顔が少し歪んだことに、周りのスタッフは気付いていないようだった。

「おい、」

痛みを感じてか、瞼が微かに震える。

勝己は周囲を見渡し、すぐに拘束出来る個性保有者を探した。
セロファンは既に瓦礫撤去に去っていた。出久の姿も見えない。

3

「大丈夫?」

幼い出久が勝己に手を差し伸べている。水溜まりを出久が進む水音のみが響いた。
木漏れ日が差し込む森の中で鳥の声ひとつ聞こえない。

またこの夢か。勝己はもはやその手を拒む理由もなく、自分の小さな手を持ち上げた。

「…、は?」

出久に触れようと伸ばした手が止まる。見上げた出久の顔は強い日差しを背に受けて暗い影になり、真っ黒の能面に見えた。
逆光の中から出久の小さな手だけがこちらに伸びている。

「かっちゃん?」

出久の声から舌足らずさが抜け、貧弱だった声量も少し力強さを持った。
周りを見渡していた視線を出久に戻すと、ジャージ姿で勝己を覗き込んでいる。
顔は正常に戻っている。幼い頃から変わらない甘ったるい顔をこちらに向けて、あざとく傾ける。
森の中だったはずの辺りは雄英になっていた。

「…いずく」

顔に傷の無い出久は緩く笑い、勝己の首に腕を回して身体を寄せる。
勝己がその背中に腕を回して抱き寄せると、耳元で小さく喉を鳴らす音が聞こえた。
頬に触れる髪に鼻を埋める。出久の伸びた髪に、勝己の視界が奪われる。

「お願いがあるんだけど」

汗の臭いがする。出久はベンチに座る勝己の膝に乗り上げて、何のサポーターもつけていない脚を絡ませた。高1の頃の、マトモな会話すらしていなかった頃の出久。

「なんだよ」

勝己は背中に回していた手を裾から滑り込ませて、出久の肌に直接触れる。

「ン、」

肩に熱い息がかかる。勝己が顔を上げると、愛おしそうにこちらを見る出久と目が合った。
視界一杯に広がった出久の顔がそのまま目を伏せる。勝己も目を閉じると、口の端に湿度を持った肌が触れる。

「みて」

徐々に霧がかっていく思考の中で、出久の声が耳元でハッキリと響いた。強い風が頬に当たり、閉じていた目を開く。

屋上に立っている。腰に巻き付いた出久は勝己の肩から頭を離すと、学ラン姿で真っ直ぐに勝己を見て破顔する。

強い風がまた吹き付ける。静止した故郷の街並みを背景にして、出久の髪が風で根元からかき混ぜられ、重力を失う。

勝己の首から腕を離した出久がのけ反り、気持ちよさそうに空を仰いで目を閉じた。
出久の眼球が見えなくなったのと同時に辺りの音も消える。煩いほどに鳴いていた風の音も止み、服が擦れる音だけが響く。
腰に巻き付いていた脚がゆっくりとほどかれて、勝己が感じていた出久の重みは消えた。

「ッ、」

落ちていく細い体に学ランを着た勝己の腕が伸びる。
足先を叩いただけで空を切り、出久は遠ざかっていく。

4

ドサ、と軽い音を立てて出久は地面に転がった。

真っ黒な学ランを埃で白く汚し、打ち付けた身体をかばいながら身体を起こす。

「は、」

勝己はからからに乾いた口を閉じることも出来ず、その光景を呆然と見ていた。

「ダッサ」

周囲から嘲笑が聞こえる。
怯えと恨みが混ざり合ったような濁った瞳が勝己を見上げる。

「、」

ばくばくと鳴りやまない心臓の音が頭に響く。
屋上から転落した出久は廊下に転がり、勝己に突き飛ばされたような態度で足早に去ろうとする。

「ま、てや」

出久の細い腕を掴むと、畏怖を持った目が勝己を見上げた。
掴まれたまま抵抗もせず、出久は口を振るわせて勝己に引かれるままに身体を傾ける。

「っぁ、なに、」

ふらふらと勝己の腕に振り回されて出久の身体は揺れる。
勝己は自分でも何をしているのか分からなかった。資料室らしい小部屋へ出久を引きずり込み、扉を閉める。

「かっちゃん…?」

尻もちをついた出久が勝己をまた見上げる。その声色は怯えながらも、勝己を気遣っているように聞こえた。

「出久、」

埃塗れの出久の前に勝己も膝をつく。
黙り込む勝己に「どうしたの?」と出久が手を伸ばすのを、勝己はとっさに後退りをして避けた。

廊下側からは厚紙で目隠しされたこの小部屋で、カーテンの隙間から差し込む日の光で出久の顔は逆光になっている。

「大丈夫?」

「寄んな!」

細い身体が傍のスチール棚へとぶつかる鈍い音が響く。声を発することも出来ずに身体をうちつけた出久は、痛みに身体を硬直させている。
勝己は自分の脚に残る感覚で、自分が出久を蹴ったのだと理解した。

「いずく」

「っ、うぅ、」

出久は涙を溜めた瞳で勝己を見上げる。

「か、っちゃ、ん」

弱々しい出久の声が個室に響く。
これは夢だ。俺はこんなことは望んじゃいない。

「ごめん」

勝己は正常な思考へと戻るために、自分を律するためにも出久へと謝罪した。
あの時とは違う。これは違う。

「行かないと」

出久の声が力強いものへと変わる。
勝己が伏せていた顔を上げると、出久は先ほどの怯えを消して堂々と立ち上がっていた。

「じゃあね」

勝己に背を向けて、部屋の扉に手をかける。
日差しに照らされた出久の背中は、学ランではなくスーツ姿になっていた。

鍵のない扉が横にひかれ、廊下の明かりが勝己にも差し込んで来る。

「出久」

廊下の向こうからは馴染みのある賑やかな声が聞こえた。
出久は嬉しそうにその声に呼びかけ、部屋から一歩踏み出す。
勝己の呼びかけに振り向くこともない。

「っ」

これは夢だ。

スーツ姿の出久を再び部屋の中へと引き戻して、勝己は扉の鍵を閉めた。
驚いた様子の出久は部屋の中に尻もちをついて勝己を見上げる。

「かっちゃん?」

「黙れ」

勝己はせり上がってきた胃液を無理矢理に飲み干して、その視線から逃れるように顔を背けた。

出久は心配している様子で勝己に声をかけている。廊下からの光が消え、再び薄暗くなった部屋では出久の顔はよく見えない。

「ねぇ」

「うるせえ」

これは夢だ。俺はもう、出久の邪魔をしない。

「ぅ…」

痣だらけの身体を丸めた出久が腹を抑えながら震えている。

「でく」

勝己に視線を合わせないよう、出久の目が揺れる。
薄く開いた口はガタガタと震えて、食いしばるように閉じられた。

「いずく、こっち見ろ」

か細く震える小さな出久を腕の中に囲い込んで、勝己は目を閉じる。
この出久は俺のものだ。何処にも行かない。他の誰とも交わらない。

5

「かっちゃん?」

スーツを着た出久が廊下に立っている。

「よかった、会えた」

小走りで寄って来た出久は、勝己の頬に傷だらけの手を伸ばす。
スーツの袖はチョークの粉で白く汚れている。

「すごい汗だよ」

出久の親指が勝己の額を拭う。細められた目が額から勝己の目線に下され、ゆっくりと瞬きした。
寄せられた手を掴んで引き寄せ、簡単に倒れ込んできた出久の顎を掴んで引き上げる。

「んっ」

口を合わせる。掴んでいた手を離して出久の頭を支えて、角度を変えてまた塞ぐ。

「ッは、かっちゃ、んぅ」

開いた隙間に舌を差し込んで歯裏に収まる舌に触れると、仰け反るように奥へと隠れた。舌が一瞬噛まれ、噛んだことに驚いた出久がまた口を開く。上顎に張り付くように隠れた出久の舌に勝己の舌先が触れたところで、胸を思いきり突き飛ばされた。

「ッ、は…っ」

濡れた口をスーツの袖で拭いながら、ふらついた出久が廊下の壁に背を預ける。

「な、に?!」
「…ア?」
「ッ、…」

荒れた息を整えながら、出久はスーツのジャケットを脱ぐ。
シャツの袖を捲りながら廊下の窓を開いて、脱いだジャケットを窓枠にかけた。

「…かっちゃんだよね?」
「……おー」

赤い顔を廊下の隅に向けて目を泳がせた出久が口を手で覆う。

「事件のこと覚えてる?」

濡れた唇に触れながら、出久は赤らめた顔で勝己へと問いかけた。

6

「心操くんの洗脳には拒絶反応が凄くて、内部からアプローチすることになったんだ」

20年以上も周りの妄想の介入と闘ってきたんだから、耐性がついていたんだと思う。
乱れたシャツを整えながら、出久は気まずそうに勝己から視線を逸らして呟いた。

勝己は目を覚まし暴れ出した男に対して、咄嗟に触れてしまったのだという。

「落ち着いた被害者の人が言うには、大勢のトラウマや妄想が混ざり合って正気で居る方が苦痛だったって」

「洗脳でリセットされたおかげで、今はコレってことか」

「たぶんそう」

雄英の教室に似た広い教室の中で、勝己と出久は生徒の机へと腰掛ける。
夕方の校舎ではあったが、いつもは聞こえる生徒たちの声が一切なかった。

「被害者の何人かは妄想で亡くなったんだ」

「は?」

「夢と現実の区別がつかなくなって、夢で受けた傷で現実に心停止するの」

「トラウマに殺されるのか」

「うん。だから、…君のトラウマには僕がきた」

出久は立ち上がると、スラックスを脱ぎ捨ててシャツのボタンを外した。

ぎょっとする勝己を放置してスーツを脱ぎ捨てた出久は、その下に着ていたヒーロースーツを懐かしそうに眺めている。

アーマードスーツではない、個性を持っていた頃の出久のコスチュームだった。

「……AFOが再現されてたら大変だと思ったんだけど、居ないね」

出久は少し潤んだ瞳で遠くを眺めている。
勝己が視線の方へ顔を向けると、ぼんやりと8人の人影が見えた。

勝己にとっては記憶にない人物たちだったが、そのうちの1人は特に不安定ながらもオールマイトに似ていたから、勝己もそれが歴代の継承者たちであることを理解出来た。

少し外れたところに死柄木弔の姿も見える。出久のことをじっと見ているその姿に、出久は微笑み返している。

「かっちゃんのトラウマって何なの」

「…しらね」

出久は黒鞭をヒョロヒョロと出して、失った個性を再び使える状況を楽しんでいるようだった。
ふわふわと浮かび、勝己の傍へと寄ってくる。

「出久のトラウマも出てくんじゃねぇの」

「へ」

「確かに」と出久は呟いて、遠くでこちらを見つめる死柄木弔を見た。
出久にとって死柄木弔はトラウマではなかった。勝己にとっても、AFOは勝利した相手でありトラウマではない。

「…あ?」

刺すような痛みが心臓を貫き、勝己は小さく声を上げた。

「ッぐ、」

「かっちゃん!」

ゴフ、と食道をせり上がってくる血が口からあふれ出る。
焦った出久が勝己の身体を掴む。勝己の胸から血が溢れていく。

「かっちゃ、ちが、これは」

「ぉ、ちつけ」

出久は震えた手で勝己の胸を抑える。
勝己は出久の顔を掴み、自分の目線へと向けた。
ぼたぼたと出久の頬を涙が伝う。

「ゅ…め、な、ッ…だろーが…っ」

右腕の感覚も激痛と共に消えていく。
力なく横たわる勝己を抱き寄せて、出久は勝己の手を取る。

「っぅ、うん、うん…そうだね…ッ」

「大丈夫」と何度も自分に言い聞かせながら、出久は勝己の身体を抱き寄せる。
勝己は言葉が発せる時点で、問題ないことを理解出来ていた。
後は出久が落ち着くのを待つだけだ。変わらず全身を襲う激痛に耐えながら、痛む肺に必死に息を送り込む。

「お前、二度と、思い出すなよ、ッ、これ…」

「…ぅん、ごめん…」

実際には痛みや感覚の消失は勝己の記憶のものが想起されていたが、勝己は敢えてそれは言わないことにした。
勝己の胸に沈む出久の背に左手を乗せると、出久は恥ずかしそうに身をよじって再び謝る。

7

「シンクロが解けても、記憶は消えない。だから個性主は、今も全てのトラウマや妄想を抱えているはずなんだ」

「地獄だな」

出久の動揺が落ち着いた頃には、勝己の体調も元通りに戻っていた。
気まずい様子で起き上がった出久はスーツも今のアーマードスーツに変わっていた。教室を出て廊下を2人して歩くが、行く宛はまだ無い。

「でも、この空間にはその気配が全く無い…」

「どっかに隠して引きこもってるってことか?」

出久と勝己の思考が混ざり合っていることは明らかだった。出久は敢えて個性主に触れ、自分もシンクロの世界へと入ってきたらしい。

洗脳や抹消の準備も現実世界では整っている。が、混濁した意識の中でシンクロだけ切ったとして、何の解決にもならない。眠りに落ちた人間に問いかけたとしても、返事はない。

勝己が錯乱し個性を暴発させたとしたら、どんな被害が及ぶか想像もつかない。かの大戦の勝己の火力が再び病室で行われたとしたら、重大な被害が出ることだろう。

勝己は自分が救出対象だけでなく鎮圧対象ともみなされていることを察した。過去の自分よりも、さらに強大な戦闘能力となるよう鍛えている自覚はあった。

「うん。それに、周りほど本人は錯乱していないんだと思う」

勝己は記憶を失う直前の光景を思い返した。
個性主は一見正気を失ったかのような動きをしていたが、確実な意思を持って頭を打ち付けていた。
今思えばそれは、ナイトハイドの洗脳から逃れる唯一の方法だと理解していたのだろう。
痛みで正気を保つことを、20年以上の狂気の中で彼は習得していた。

「だからきっと、此処でなら話せる」

「俺らを解放しろってか?出来るならやってるだろ」

「うーん……それはそうなんだけど……ただ、助けたい」

またか、と勝己は小さくため息をついた。
いつだってこいつは自分を勘定に入れない。自分がどう元に戻るかよりも、この状況を招いている個性主を助けることの方が優先される。

「怒らないでよ」

「あ?」

「伝わってくる」

出久は気まずそうに笑って言った。
そもそも2人はシンクロにかかっていなくても、相手の感情はそれなりに把握出来ているつもりだった。

だからこそこの状況でも何の違和感もない。最初のアレコレの気まずさだけが尾を引いているが、出久の感情に戸惑い以外の不快感が無いことに勝己は安堵している。

勝己の願いとしては、自分の夢に混ざり込んできた出久が、あの時が最初であることを願うのみだった。

「20年以上誰とも触れ合わないなんて、寂しいだろ」

「そーかよ」

「彼の母親も、ずっと彼を求めてるみたいなんだ」

パリ、と薄い飴細工が割れるような音が微かに響いた。

出久と勝己が音の方角を振り向くと、空間にひび割れが見える。

「……あった」

「気をつけろよ」

出久がそのヒビに手を触れると、パリパリと乾いた音と共に空間が割れていき、真っ白な部屋が見えた。
出久は空間の穴を広げるように割り開き、中へと足を踏み入れる。

天井近くに小さな窓が1つあるだけの真っ白な部屋だった。
青空が見える以外は何の変化もない。真っ白なトイレと、洗面台と、ベッドがきっちりと清掃された状態で置かれている。

「空も、映像だ…」

出久が窓を見上げて呟く。静まり返った個室の中、ゆっくりと動く雲と、定期的に表れる同じ鳥。

牢屋の方がマシなんじゃないか、と勝己は思った。何のノイズもなく完全に外界から遮断されたこの空間に居れば、誰だって狂う。

「ぁ、」

部屋を見渡して振り返ると、入ってきた場所の傍で男が膝を抱えて小さく座り込んでいた。

「あの」

出久が男に手を伸ばすと、男は硬直して身体をさらに小さく縮める。

「助けに来ました」

「デク」

ちらりと出久を盗み見た男の目が気を失う直前に見た男の虚ろさと同じに見えて、勝己は咄嗟に出久を引き留める。

「来るな!」

男は勝己の警戒を敵意として受け取ったのか、出久の差し出した手に向かって怒鳴りつけた。
ガタ、と同時に天井から物音がして見上げると、真っ白な天井にギロチンが現れている。

「ッ」

出久もそれに気が付いて飛びのく。出久がいた場所に落ちてきた刃が、男と出久を隔てた。

「僕たちは君を助けたいんだ」

「…放っといてくれ…」

か細く呟いて俯く男を、勝己は哀れに思った。
出久と同様に、この男をなんとかしてやりたい気持ちが勝己にも確かにあった。

男の持つ恐怖と諦めと悲しみが流れ込んでくる。
夢の中でさえ、この男は誰かと触れ合うことを拒む。
現実と夢の堺の無い男にとっては、それだけが唯一自分の世界を守る方法だった。

「だめだ」

「出久!」

刃を越えて出久が男の傍に寄る。
男は慌てて部屋の隅へと逃げ込むが、出久の方が速く男の肩へと触れた。

「こうしていれば、心が一番よくわかるんだろ?」

出久は男の傍に座り込んでその顔を覗き込む。
男の恐怖によるものか、歪んでいく部屋を避けて、勝己も出久の傍へと寄った。

「だったら探して。僕たちの気持ちが嘘じゃないってこと、君ならすぐにわかるだろ?」

部屋の出入り口は既に無くなっていた。危険な状態になったらどうするか。
思考を自由に具現化出来るのであれば、勝己はそれを試みるつもりでいた。

「恐いとか分からないとか、色んな気持ちがあるかもしれないけど、助けたいのも本当だよ」

歪んでいく部屋に飲み込まれそうになる。勝己は部屋の壁に手を添えて、崩落を止めるように強く念じてみた。この2人を生きてこの場から出す。それだけが勝己の思考を埋める。

「誰だって頭の中はぐちゃぐちゃで、本人だって整理して受け止めることは難しいんだ。だからその中で一番相手に伝えたいことを、言葉にするんだよ」

勝己は出久の言葉を聞きながら、自分に言われているように感じて少しばかり同様した。
形を取り戻しつつあった部屋が再び歪み、勝己は慌てて出久から目を背ける。

「ご両親は君と話がしたいって。本当に伝えたいことを、君に受け取ってほしいって」

男は4歳で初めて母の心を自分と混ぜ、母親の恐怖と拒絶を目の当たりにして、絶望し、狂っていった。
そうして触れるたびに他者の心を混ぜていき、この誰とも触れ合わずに済む空間だけが安全な場所として定着し、寝ても覚めてもこの空間に固執することで、夢と現実の堺すら見失っていった。

「君は僕たちを此処から遠ざけた。君の一番大切な心を、僕たちの心から守ったんだ」

だからきっと大丈夫。出久が男を抱きしめるのが視界の隅に見えて、勝己は身体ごとそちらに向き直した。

「4才の頃からずっと出来てた。君は要らない心を跳ね返すことが、もう出来てるんだよ」

男は小さな子どもになって出久の腕の中に収まっていた。
個性が発言した頃の姿なんだろう。勝己が瞬きをすると、部屋は元通りの空間に戻っていた。

「…此処に来た人たちはみんな、僕を見ようとしなかったんだ。すぐにこの世界に溶けあって、ぐちゃぐちゃになっちゃう」

部屋の出入り口が現れる。二重扉になっているそのドアの向こうで、若い女性がこちらを眺めているのが見えた。

「君たちだけだよ。溶けあったのに、濁らなかったのは」

8

「起き方なんて知らないけど、セックスして消えていく人ならいたな」

「は?!」

出久が顔を赤くして騒ぐのを、男がくすくすと青白い顔を綻ばせて笑う。

「プライバシーは守るよ」と言い残して部屋をさっさと出ていく男に出久が助けを求めるが、ひらひらと手を振り返して男は去っていった。

「…どうしよ」

出久が顔を赤くしたままちらりと勝己を見上げる。

「要は夢精しろってことだろ。確かに起きるしな」

「むッ、…!!」

「さっさと出せや、粗末なもん」

「失礼な!」

出久が慌てているのをよそに、勝己は出久のスーツをさっさと降ろす。

「ま、ってよ」

「うるせぇ」

病室の白いベッドへ出久を転がして、勝己は上に覆いかぶさる。
自分のものを出久の硬くなりつつあったものに擦り合わせて、一緒に握り込む。

「あっ!チ、それ、さわッ」

「おー、相変わらずちっせーチンコ」

「な、ぁッ!」

布の擦れ合う音とお互いの熱い呼吸が響く。

「かっちゃ、ンッ、ッ、ふ、ぅッ!」

「…ッ、いずく、」

出久が勝己に縋るように腕を伸ばす。
背中がのけ反り、勝己に腰を押し付けて揺れる。

9

「着替え買っといたから」

目を覚ました勝己と出久は、病室に1人座り込む心操に開口一番にそう伝えられた。

気を遣って人を払ってくれていたらしい。シンクロの個性主が無事目覚めて母親と言葉を交わしていることも報告を受ける。

「お前ら昔から距離おかしかったから、今更何も思わないよ。ただ、隠されてたのはちょっとショックかもな」

「へ…?」

心操が部屋を出ていく。お互いのベッド脇のサイドテーブルには、袋に入ったままの下着が置かれていた。
意識を共有して夢に堕ちたあと、2人して夢精して帰ってこれば誰でもそう思うか。

「後で訂正すりゃいいだろ」

勝己はベッドから起き上がり、お互いのベッドを仕切るカーテンを閉じた。
スーツのズボンを降ろすと、精液に濡れた下着が不快な音を立てる。

「…なんだよそれ」

「あ?」

シャッと軽快な音を立ててカーテンが開かれた。

「無かったことにするつもりかよ!」

ベチ、と音を立てて、勝己の顔に向かって出久の下着が飛んできた。
青臭い臭いが鼻をつき、勝己は青筋を立ててその下着を床に叩き落とす。

「ッッにすんだ!」

「僕のことす、好きなくせに!」

「あ゛?!」

下を丸出しにしながら、出久は勝己のベッドへと乗り上げて勝己の胸倉を掴んだ。
本気で怒っているような声色ながらも、顔を赤くして目を泳がせている。

「中学の時から僕でッ、ぉ、オナニーしてたんだろ!」

「てめェ何見た!!」

ノックが聞こえる。
勝己は慌ててベッド横のカーテンを再び閉めて、出久を自分のベッドへと隠した。

「着替え終わったか?先生呼んだぞ」

「…今出る」

勝己は下半身裸で身を固める出久をバカにしたように笑い、自分は新しい下着へと履き替えた。

出久の下着もズボンも、心操の傍のテーブルに置き去りになっている。

「まってよ」

「ざこ」

焦る出久が勝己の腕を引く。
勝己は布団を手繰り寄せて身体を隠す出久の口に自分のを合わせて、呆ける出久を置いて外へ出た。

「かっちゃ、」

カーテンの外では医者と複数人のナースと共に、心操がこちらを見ていた。
廊下からはぞろぞろと何人かのヒーローが歩いてくるのが見える。

勝己はサイドテーブルから出久のズボンと下着を手に取り、カーテンの向こうへ投げた。

慌てた出久の声が部屋に響く。驚く医者とナースの横で、心操は呆れたようにため息をついた。

10

病棟の復興作業から一旦抜けて、勝己は事務所へと戻った。

出久は既に授業のために復興から外れている。放課後と休日には加わるらしい。

既に終業していた事務員からのメッセージを開くと、何通ものメールの転送の最後に短い動画と共に短文が送られて終わっている。

【一旦対応保留でお願いいたします】

動画のサムネイルには出久が映っている。
嫌な予感がしながら、雄英を背景にカメラを向けられる出久の動画を再生した。

《はい、確かにそう見えたかもしれません》

虐めの真相に迫る、とテロップにかかれた映像が流れる。
加害者を責めるならまだしも、被害者に過去を想起させるインタビューをするなんて正気か。勝己は怒りと不快感を持ちながらスマートフォンを持ち上げ、出久とのトーク画面を開いた。

《あの頃の大・爆・殺・神ダイナマイトは、素直になれなかったみたいで》

「あ?」

出久に迷惑をかけた謝罪のメッセージをうちはじめていた手が止まる。
勝己が視線を戻すと、照れたように笑って頭をかく出久が映っていた。

《好きな子をいじめちゃうってやつだったみたいですよ》

まぁ、とインタビュアーが感嘆するのを、出久は顔を赤く染めてナード顔で取り繕い、足早に校内へと逃げ去っていく。
スタジオへと映像が戻され、微笑ましい空気で場面が展開していった。

【てめー今どこだ】

ふざけたこと抜かしやがってと追撃すると、すぐにメッセージは既読になった。
勝己は椅子から腰を上げて、車のキーを取る。
事務所の非常階段を飛び降りて駐車場までの道中をスキップし、車に乗り込んでスマートフォンを再び開いた。

【キミの家の最寄についたとこ】

そこから一歩も動くなよ。勝己は送信しながらスマートフォンを後部座席へと投げて、車のアクセルを踏んだ。

 

side/deku

暗い部屋で出久はテレビを見ている。

目の前のテレビで女性が喘いでいる。いつか峰田が無理矢理見せてきたアダルトビデオ。
出久は萎えた股間を握った。どうにも出久はこれが苦手だった。小学校の頃いじめっ子にズボンを降ろされて、周りよりも未熟だと皆に笑われたのが相変わらずフラッシュバックする。

勝己に言われた言葉が頭に響く。みんなよりも特別な存在なんて出久には分からなかった。
彼女なんて今まで結局出来なかった。彼はクソナードだから、イマイチ女性とそういった関係になれない。

麗日は素敵な女性だったが、犯したいなんてとても思えなかった。彼女は出久の中でもっと神聖で、穢れの無い存在だった。いつだって導いてくれた、精神的にも尊敬している人だ。

じゃあ他の女性を犯す想像をしてヌくのか。出久は誰にもそれが出来なかった。女性を組み敷きたいとか、喘がせたいといった欲をイマイチ持てない。

股間は萎えたままだ。アダルトビデオの女性は泣きながら脚をガクガクと震えさせて潮を吹いている。

(かっちゃんがあんなこと言うからだ)

いつもはもっと義務的に出せたのに、色々と考えてしまって上手く出来ない。
勝己はどんなビデオを見てぬくんだろうか。1人でしなくても、相手がいるのか。

「ザコ」

傍で出久を見下ろす勝己と目があった。
出久は慌てて丸出しの股間を脚を閉じて隠すが、勝己は気にとめた様子もない。

「なな、なんで」

勝己は平然と自分も服を脱ぎ捨てて、出久の座り込むベッドへ乗り上げた。

「ちょ、っと」

出久の腰を抱き寄せて、勝己は自分のものを出久のものに擦りつける。

勝己のものはいつの間にか固くなっていた出久のそれよりも一回り以上大きく、血管が浮き出て張りつめていた。

「かっちゃ、」

「黙れ」

出久がのけ反って倒れると、勝己は出久の腰を引き寄せて抱える。

「ねぇっ」

「うるせえ」

これは夢だ。かっちゃんはこんなことはしない。
晒された股に勝己の視線を感じて、出久は慌てて脚を閉じて身体を丸めた。

「ぅ…」

「でく」

勝己の熱っぽい視線を感じて、出久は薄く目を開く。
学ランを着た勝己が出久の目の前で股間を擦っていた。

「いずく、こっちみろ」

勝己は目を見開く出久を腕に抱く。理解出来ない状況に混乱しながら、出久は強く目を瞑った。

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